星空と百鬼夜行

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「せーの!」 部長の声に合わせて、小桜は祈った。 「百鬼夜行が、見れますように」 願ってみてから、この願い事はなんなのだろう、と我に返ろうとする自分に気づいたが、隣りには幼子のような顔つきで真剣に祈っている部長がいたので、小桜もできうるかぎり真剣に願った。 そのとき、小桜の耳に、かすかな鈴の音が聞こえた。 月が明かりを消したように暗くなり、弾かれたように頭上を仰ぐと、空になにかが漂っていた。 目を凝らしてよく見る。そこには夜の住人たちによる、長い、長い行列があった。 それは息を呑むほど荘厳で、また、美しかった。 両手を合わせて祈っている部長は、目を閉じていてこの事態に気がついていない。 「部長……」 「どうしたんだい?」 小桜の声に反応して、部長は顔を上げたが、しかしすぐにしゃがみこんだ。 「いたっ、目になにか入った! 虫かな? いたた」 小桜の目は、闇にまぎれてちらちらと降ってくる羽を捉えた。 ぐいんと伸びた鼻と、背中の羽のシルエット。 あれは、烏天狗……? 自由自在に飛行するその人外なる者は、小桜たちに向かって口角を上げて笑んだように見えた。 「痛くて目が開けられないよ! 小桜くん、もしかして流れ星かい? そうなのかい?」 「えっと……それよりもっと、すごいものです」 「じゃあ流星群!? 百鬼夜行が見れますように、百鬼夜行が見れますように」 小桜はさっきの烏天狗のいたずらで視覚を奪われている部長に、もう見れちゃってるんです、とは言えなかった。 そんなことを言うと、部長は死ぬほど悔しがるに違いないからだ。 人ならざる者たちの行列は、彼らの出現に合わせて立ちこめた雲と共にすぐに消えていった。 鈴の音の余韻が残り、それが聞こえなくなると、月はまた明るさを取り戻して、何事もなかったかのように、静謐(せいひつ)な星空が広がった。 「はぁ、痛かったぁ」 しゃがみこんでいた部長が立ち上がって、目をこすった。 「治ったんですか?」 「うん! なんだったんだろう? やっぱり虫だったのかなぁ」 「……そうかもしれませんね」 「それより、流星群、どうだった?」 「あ、はい。とても、その、すごかったです。語彙力がなくなるくらい」 「そっかぁ。僕も見たかったなぁ」 部長はにこにこしながら言った。 まさか今しがた本当に現れた百鬼夜行が、自分たちの頭上を通過していったなど、思いもしないだろう。 小桜は、今日の活動記録になんと記入するべきかという悩みを抱いたが、今は考えないことにした。 「小桜くんもお願いしてくれたし、きっと叶うね! 百鬼夜行からヘッドハンティングを成功させよう!」 小桜はさっきの人懐こい烏天狗を思いだした。 「あるいはすでに成功しているかもしれませんね」 「え? なんて言ったんだい?」 「……いえ、なんでも」 来年の今頃には、この"不可思議事象研究部"に新たな部員が加入しているかもしれない。 それが部長が憧れを抱いてならない、人ならざるものであったとしても、おそらく部長は気がつかないだろう。 人に擬態できる彼らは、人の世にうまく溶け込んでいる。 ――そう、小桜自身がそうであるように。 煌々と輝く月が屋上のコンクリートの上に彼女の影をつくり、その額から伸びた異形のツノを一本、人知れず映し出していた。 きらりと瞬いたひとつの星が、曲線を描いて流れていったのを、部長が嬉しそうに指をさした。
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