3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「せーの!」
部長の声に合わせて、小桜は祈った。
「百鬼夜行が、見れますように」
願ってみてから、この願い事はなんなのだろう、と我に返ろうとする自分に気づいたが、隣りには幼子のような顔つきで真剣に祈っている部長がいたので、小桜もできうるかぎり真剣に願った。
そのとき、小桜の耳に、かすかな鈴の音が聞こえた。
月が明かりを消したように暗くなり、弾かれたように頭上を仰ぐと、空になにかが漂っていた。
目を凝らしてよく見る。そこには夜の住人たちによる、長い、長い行列があった。
それは息を呑むほど荘厳で、また、美しかった。
両手を合わせて祈っている部長は、目を閉じていてこの事態に気がついていない。
「部長……」
「どうしたんだい?」
小桜の声に反応して、部長は顔を上げたが、しかしすぐにしゃがみこんだ。
「いたっ、目になにか入った! 虫かな? いたた」
小桜の目は、闇にまぎれてちらちらと降ってくる羽を捉えた。
ぐいんと伸びた鼻と、背中の羽のシルエット。
あれは、烏天狗……?
自由自在に飛行するその人外なる者は、小桜たちに向かって口角を上げて笑んだように見えた。
「痛くて目が開けられないよ! 小桜くん、もしかして流れ星かい? そうなのかい?」
「えっと……それよりもっと、すごいものです」
「じゃあ流星群!? 百鬼夜行が見れますように、百鬼夜行が見れますように」
小桜はさっきの烏天狗のいたずらで視覚を奪われている部長に、もう見れちゃってるんです、とは言えなかった。
そんなことを言うと、部長は死ぬほど悔しがるに違いないからだ。
人ならざる者たちの行列は、彼らの出現に合わせて立ちこめた雲と共にすぐに消えていった。
鈴の音の余韻が残り、それが聞こえなくなると、月はまた明るさを取り戻して、何事もなかったかのように、静謐な星空が広がった。
「はぁ、痛かったぁ」
しゃがみこんでいた部長が立ち上がって、目をこすった。
「治ったんですか?」
「うん! なんだったんだろう? やっぱり虫だったのかなぁ」
「……そうかもしれませんね」
「それより、流星群、どうだった?」
「あ、はい。とても、その、すごかったです。語彙力がなくなるくらい」
「そっかぁ。僕も見たかったなぁ」
部長はにこにこしながら言った。
まさか今しがた本当に現れた百鬼夜行が、自分たちの頭上を通過していったなど、思いもしないだろう。
小桜は、今日の活動記録になんと記入するべきかという悩みを抱いたが、今は考えないことにした。
「小桜くんもお願いしてくれたし、きっと叶うね!
百鬼夜行からヘッドハンティングを成功させよう!」
小桜はさっきの人懐こい烏天狗を思いだした。
「あるいはすでに成功しているかもしれませんね」
「え? なんて言ったんだい?」
「……いえ、なんでも」
来年の今頃には、この"不可思議事象研究部"に新たな部員が加入しているかもしれない。
それが部長が憧れを抱いてならない、人ならざるものであったとしても、おそらく部長は気がつかないだろう。
人に擬態できる彼らは、人の世にうまく溶け込んでいる。
――そう、小桜自身がそうであるように。
煌々と輝く月が屋上のコンクリートの上に彼女の影をつくり、その額から伸びた異形のツノを一本、人知れず映し出していた。
きらりと瞬いたひとつの星が、曲線を描いて流れていったのを、部長が嬉しそうに指をさした。
最初のコメントを投稿しよう!