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2020年7月19日
晴れ。
すこぶる晴れ。
いい天気だ。
暑い。
そしてキャッチボールも暑い。
こんなこというのもあれだけど。
俺、キャッチボールとか学校の授業でしかやったことない。
なので下手。
元気くんに滅茶笑われたし。
でも、俺も笑ったし。
なんていうか。
子どもがいたらこんな感じなのかな?って思った。
それはとてもしあわせなことなんだなって思った。
俺は恋愛ができない。
多分、そういうのはマニュアルがなくてもわかっていることだった。
俺は醜い。
心も姿もね。
でも、慕ってくれる人もいる。
それだけでもしあわせなんだって思う。
でも、なんか寂しい。
キャッチボールは朝だけ。
昼は元気くんは病室に戻った。
元気くんは疲れたのか昼ごはんを食べたらすぐに眠った。
僕と陽さんは待合室で少し話をした。
「元気くんのお父さんってどんな人なんですか?」
「元気に父はいません」
「え?」
「私、離婚しているんです」
「あ、うん」
それはなんとなく知っていた。
なんとなくわかっていた。
陽さんはアームカバーをそっと外した。
夏だからアームカバーには違和感はなかった。
でも、室内でも着けていたので少し不思議だったけど。
クーラーとかで冷えるからかと思ってそれ以上考えるのは止めていた。
そして見えた手には火傷の跡が残っていた。
「これあの人に熱湯をかけられて……」
陽さんは小さく震えた。
「そうなんですね……」
俺もそれ以上聞けない。
それ以上聞くほど子供じゃなかった。
「だから元気に手が出る前に離婚しました」
「はい」
「でも、元気には父親が必要なようで……」
悲しそうに涙を流す陽さん。
俺はどんな言葉をかければいいかわからなかった。
すると言葉が聞こえる。
「いらない」
元気くんが僕の隣に座っていた。
気づかなかった。
「あれ?元気寝てたんじゃないの?」
陽さんが涙を拭いながらそういった。
「父ちゃんはいらない」
「でも……」
「純さんが遊んでくれたからいい」
なんだろう。
この感覚は。
「でも……」
陽さんは言葉をつまらせる。
「いらない」
元気くんの言葉に棘はない。
それは優しさに溢れていた。
そして俺は気づいてしまった。
俺たちをじっと見る女性の存在に。
キャッチボールのときもずっと見ていた。
この場所まで見られているのはなんだろう。
変な感じだ。
気にしてはいけないんだけど気になる。
「純さんいい人だよ」
陽さんがそんなことを言う。
なんだろう。
俺はこの人と結婚してそれを元気くんに許可をもらおうとしている人なのだろうか。
「うん、知ってる」
「だったら……」
陽さんがボロボロと涙をこぼす。
「えっと」
俺は言葉に困る。
ものすごく困る。
そして女性がだんだん近づいてきて。
元気くんの隣に座っている。
「お母さん、泣かしたらダメだよ?」
女性がそう言うと元気くんが言う。
「でも、純さんを束縛させるのはダメだと思うんだ」
元気くんがそういう。
お前、本当に小学生か?って思った。
「そうだね。それはダメだ」
女性がそういうと俺はふと思った。
俺はこの女性を知っている。
髪の毛を剃っている女性。
「俺が意識を失ったとき手を握っていてくれていた人?」
「うん」
女性が頷く。
「橘ハルカです」
その名前を聞いたとき俺は驚く。
その名前を知っているからだ……
俺のマニュアルにも載っている。
俺の迂闊な行動でこの人の母親の命を奪ってしまった。
もちろんそれに根拠もない。
でも恨まれても仕方がない。
かといって本当に恨まれることはない。
そんな話、誰も信じないからだ。
マニュアルの存在なんて誰も信じない。
俺も信じたくない。
「猫屋敷純さんですよね?」
ハルカさんがそういって俺の方を見る。
「はい」
「責任とってくださいね」
「え?」
何を言っているんだろう。
「陽さんを泣かせた責任」
「あー」
そっちは俺が悪いのかな。
恋愛関係にあるわけじゃないし。
「泣かせたらダメだよ」
「うん」
「責任ってなにがいいかな?」
「お花を買おう」
「花?」
「うん、私の家。
花屋なんだ」
「え?」
俺は驚く。
母娘ふたりで花屋を営んでいた。
それがマニュアルに載っていたから……
その後のことはわからない。
なにもわからない。
わからないんだ。
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