百貨店の戸崎さん

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「どうする? もう始めるか?」  康徳が興奮した様子で訊いてくる。  俺はカーテンから顔だけ出して店内を確認し、動画キャスの配信開始ボタンをタップした。タップすると同時に、閲覧数が10、20と上がって行く。  コメント欄には【待ってました】【はよ始めろ~】などのリスナーからの書き込みが表示される。  動画キャスで顔出ししていない俺は、カーテンの隙間から見える店内を動画キャスの画面に映し、「こんばんは」と小さく呟く。それに合わせ、再びコメントはいくつも書きこまれ、閲覧数は200を突破した。 【うぉ、ほんまに武丸屋の中や!】 【興奮してきた】 【戸崎さん来い!】  俺はそんなコメントを見ながら、紳士服売り場に足を一歩踏み出した。その時、コツコツと革靴を鳴らす音が遠くから聞こえて来る。  また警備員だ。  俺はすぐに試着室に戻り、リスナーにメッセージを書きこんだ。 【警備員出現。しばらく身を潜める】  革靴の音は紳士服売り場の前で止まった。スマホの光でバレたのだろうか。そう思った俺はスマホをカバンにしまい、康徳と無言で見つめ合う。  コツコツ。コツコツ。コツコツ。  革靴は紳士服売り場内をうろうろしている。試着室のカーテンが閉まっている事に気づかれたら終わりだ。
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