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魔神現る
それは突然現れた。
校庭の砂塵を巻き上げたつむじ風に、一瞬で制服のスカートをめくられた小絵は、思わずその場にしゃがみ込み、目をきつく閉じて必死にスカートを抑えた。そして小絵がやっと目を開けたとき、それは立っていたのだ。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
右手を胸に当て、片膝をついてそれは言ったのだ。身の丈は3メートルはあろうか。大きな、とてつもなく大きな。
——いや、何も呼んでないし。ご主人様じゃないし!
突然現れたそれに、小絵は恐怖で声に出せずに心の中で叫んでいた。すると。
「いえ、間違いなく私はあなたに呼ばれました」
小絵の心を読んだのか、それは言った。
最初、恐怖しかなかった小絵であったが、その丁寧な物腰に少しずつ安堵し、やっと言葉を口にする。
「あなたは誰?」
「私は魔神。ご主人様の願いをひとつだけ叶えて差し上げます」
「魔神って、あのアラジンのジーニーみたいな?」
恐る恐る尋ねる。
「あー、あの方は世界の有名魔神ですからね。あの方ほどメジャーではありませんが、言うなればそういうことです」
相変わらず優しい口調で魔神が言う。ただし、先に言っちゃうと、顔は怖いのだ。だから目が合いそうになると思わず先に目を逸らしてしまう。街で怖いヤンキー兄さんとすれ違うとき、目を合わさないようにする、まあ、あれだと思えばよい。
「あの、たしか私が呼んだって、さっき……」
小絵は最初に魔神が言った言葉が気になっていた。
「あー、あー、あー、言いましたね。確かに私、そう言いました。それが何か?」
——ん? なんか思ってるよりチャラくない?
「いや、私は呼んだ覚えはないんですよね。どうやってあなたを私が呼んだんですか。それが何か、じゃなくて、そこははっきりさせときましょうよ」
少し胡散臭さを感じた小絵が魔神を問い詰めると、魔神は「やれやれ」という大げさなそぶりを見せながら、
「いいですか。世の中には知らないでいいことだってたくさんあるんですけどね。現に今こうしてご主人様が理由を知らなくても、私がタダで願いをひとつ叶えましょうと言ってるわけですから、ここは黙って願いを叶えたほうが超ラッキーだと思いません?」
と、やたらとペラペラまくし立ててくる。
——こいつ、ますます胡散臭さっ。だいたい、多弁なやつって、どうもイマイチ信用できないんだよねー。
そんなことを思いながら、小絵がジロリと魔神の目を睨む。
——あっ、こいつ目をそらした。
さっきまで街ですれ違うヤンキー対応をしていたが、小絵が睨むと先に魔神が目をそらして逃げたのだ。どうやら見掛け倒しと小絵は確信した。
「まあいいよ。で、どんなお願いを叶えてくれるの?」
「あっ、まあ取説みたいなものを申し上げますと、まず、恋愛関係は少々苦手しております。人の心までは変えられません。それから、ずっと願いを叶えてくれというのもなしです。あくまでも叶えるのはひとつだけ、ワンオンリーですな」
——まるで「ひとつよろしく」をワンプリーズとアメリカ人の前で言った政治家みたい。
「そのあたりはアラジンと一緒なわけね。じゃあ、世界一の大金持ちにして、とかはできるの?」
「それが誠に申し上げにくいのですが、私はジーニー様のような偉大な魔神にはまだなれていないB級ですので、ささやかな小さな願いを叶えることを生業としておりまして」
恐縮しながら魔神が言う。
「小さな願い? じゃあ、例えば花を咲かせて、とかは?」
小絵がふっと思ったことを口にしたとたん、いつの間にか足元に1本の小さな白い花が咲いていた。
「ご希望通り、願いをひとつだけ叶えさせていただきました」
魔神が深々とお辞儀をした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 私、例えばって言ったじゃん!」
「それでも言ったことには変わりません。あのジーニー様でさえアラジンにひとつ騙されましてね。そういうズルをする輩があまりに多いので、魔神協会の規約でそう決められたのです」
「じゃあ、じゃあ、どうやったらもう一度あなたを呼べるの?」
小絵があわてて言う。
「はい。誠に残念ながら、それはお教えできないのです。それを教えてしまったばかりに、あの魔法のランプで争いが起きてしまいましたので、これも規約の方で。では、申し訳ありませんが、この辺で」
魔神はそう言うと、風とともに雲の如く消えていったのだ。小絵はただ呆然と立ちつくし見送るだけであった。結局、なぜ魔神が出てきたのかわからないままであった。
そこへ。
校庭に強い風が吹き、再び小絵のスカートがめくり上がる。そして、小絵が目を開けるとそこには片膝をついた魔神がかしこまっていたのだ。そしていったのだ。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
——おい、じじい。あんた、パンチラ魔神だろ。
(了)
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