僕は独りで夜を越える

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 「あんね、私、弟ができたの。クラスの子から言われた。お前の父さんと母さん、まだ仲良しなんだなって」  靴を履こうと座ったままの姿勢で振り返った彼女の瞼は一重だった。いつもは二重なのに。細川ってアイプチだったんだ。  「そうか……」  井戸に重たい石を落として、ずんと水嵩が上がるような。そんな瞬間的な重苦しい空気。圧が極限まで高められて、ともすれば心臓さえも鼓動することを忘れるような、そんな気持ち。  「そっか……」  玄関の天井は吹き抜けになっていて遥か高い。2階、3階が螺旋状にぐるりと僕らを囲んでいる。2階の木工室から吹奏楽部の女子生徒の笑い声が降りてくる。  僕には細川の気持ちが痛いほどわかった。  14歳という不安定な身の上は、この気持ちを必然的に共有させた。  少し間を置いて、「おめでとう」とだけ言った。  細川は僕をまじまじと見つめた後で、真っ赤な顔を不器用に歪めて、  「ありがとう」  って、夕焼けの中を帰っていった。
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