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そこまでして先輩達を短歌に駆り立てるものってなんだろう。
スポーツや囲碁、将棋みたいな勝敗のあるものならまだ理解できる。試合や練習を通して自分がどれだけ上達したか、どのレベルにいるかわかるだろうから。
でも、自分でも良し悪しがわからない。そんなものをただひたすら作ることの意味ってなんだろう。
そんなに短歌が魅力的なのかな。私にはまだよくわからないけれど。
考えていると、小田桐先輩が唐突に立ち上がる。そのまま改まるようにこちらに向き直り、両手で何か差し出してきた。まるで賞状か何かでも渡す校長先生のように。
「ほら、日比木も立てよ」
せっつくと、日比木先輩もしぶしぶといった様子で立ち上がる。
小田桐先輩の手にはペパーミントグリーンのバインダー。
「これは森夜さんの分。昨日日比木と一緒に買ってきたんだ。一応森夜さんに似合いそうな色を選んだつもりなんだけど」
「なんですか? これ」
「短歌を書いた短冊をファイリングするためのものだよ。僕らもそれぞれ持ってる。森夜さん。短歌部に入部してくれて本当にありがとう。これから先、このバインダーに収まり切らないくらいの短歌を一緒に作っていこう。だから今後とも短歌部員としてよろしくお願いします」
小田桐先輩は深々と頭を下げた。隣の日比木先輩も、小声で「……よろしく」と呟く。
その改まった様子に私も慌てて立ち上がり、うやうやしくバインダーを受け取る。
「い、いえ、その、こちらこそ。こんな立派なものまで用意して頂いて、ありがとうございます……!」
まるで何かの儀式のようだ。けれど、その行為を経る事によって、なんだか身が引き締まる思いがした。短歌部員として認められたような。そんな充足感と共に。
いつのまにか先程までの憤りも忘れて。
受け取ったバインダーはA4サイズで、中には三分割された透明なポケットリーフが何枚か収まっていた。
これが私の短歌専用のバインダー。はあああ、なんだかテンションが上がる。
さっそく先ほど作った短歌の短冊をポケットに収めてみる。
うん。なかなか良い眺めだ。
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