第二話 怪鳥ーパンディオン

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第二話 怪鳥ーパンディオン

 “依頼が届いております。以下のクエストを受けますか?”  クエスト管理協会から支給されている一枚のカードに書き込まれたメッセージを見たセシリヤは追加されたクエストの内容に目を通した。  「えっと、なになに……盗賊退治に怪鳥討伐……」  セシリヤは唸った。どれも難易度は高めで報酬も悪くない。ここから一番近いのは怪鳥の討伐だ。剣士の一人でもいてくれれば楽なのだが、如何せん自分は魔導士。だが、生活がかかっているためセシリヤは拳を握るとカードに触れた。  “クエストを受け付けました。お気を付けて”  メッセージに「はーい」と返してセシリヤは宿屋を後にした。  宿屋を出てから半日ほど歩いたところに人が立ち入れなくなった洞窟がある。そこにはクエストにあった怪鳥が住み着いて一月経過しており、近くの村や街が襲われていた。人を喰らうことはせず、ただ暴れまわるだけ。けれど、被害は日々拡大していた。  「怪鳥相手か……腕が鳴る、じゃなかった……まあ、なんとかなるでしょ」  腰に手を当てたセシリヤは洞窟を見上げて口角を上げた。  中の造りは単純。天井は崩れて天窓が開いており、青空が見えている。直径はおおよそ四十から五十メートル、高さは七十メートルほど。天窓を一周するように木が生えており、風に揺らされた葉が音を奏でた。セシリヤは洞窟内をぐるりと見渡した。障害となる岩もほとんどなく、黄褐色の壁には蔓が張り、地面からは木の根がいくつか見えているだけだ。  「怪鳥の姿はなし。戻って来るまで待つとしますか……」  そう零したセシリヤの頭上から風が吹き、肩まである彼女の髪を揺らした。地面に落とされた影が次第に大きくなっていき、セシリヤの影と同化した。すぐに重力魔法を自身に掛けて飛ばされないようにして見上げれば、目的の鳥がこちらを見下ろしていた。  「これが……怪鳥。ギルドからの報告と随分違う大きさじゃない?」  カードに記載されていた大きさは全長約五八〇センチメートルだったはずだ。けれど、目の前にいる相手はその倍はある。地面に降り立ち奇声を上げた怪鳥を見据えたセシリヤは「あとで絶対にクエスト管理協会に苦情入れてやる」と頬を滑る汗を拭いながら呟いた。  目の前の小さな人間を敵と認識した怪鳥が両羽を広げ、何度か羽ばたかせると巨大な躰を浮かせた。それだけで強風がセシリヤを襲う。今、重力魔法を解除すれば簡単に飛ばされるのは明白。怪鳥が地面から離れている距離は目測で三メートルほどだ。ギリギリで行けるだろうと踏んでセシリヤは口を開いた。  「くっ……、木の根よ、彼の者を捉えよ! バインド!」  地面から出ていた根が生き物のように動き始め怪鳥の両脚を捉えた。驚いた怪鳥は奇声を上げながらもがく。けれど、太く大きな根はびくともしない。  「よしっ! とりあえず、これ以上高く飛ばれることはない。けど、風は……強っ!」  もがきながらも羽ばたこうとする怪鳥から絶えず風が送り込まれてセシリヤは重力魔法を解けずにいた。  「ああ! もう! 風、邪魔なんだけど!」  そう言うとセシリヤは目の前に岩の壁を作った。同時に重力魔法を解くと岩を背に腰を下ろした。はぁー、と重い溜息を吐く。管理協会からの情報から予測していた敵の強さだともう少し楽できると思っていたのに、と悪態を吐きたくなる。まあ、悪態を吐いたところで状況打開にはならないのだが。セシリヤは岩陰から怪鳥を見た。先ほどから変わらず抵抗して風を巻き起こしている。  「それにしてもあの鳥、どこかで見た気がするのよね……。ん?」  眉を寄せたセシリヤの足元に拳くらいの石が転がってきた。それを手に取った瞬間、石が光り、セシリヤから魔力を吸い始めた。  「ちょ、ちょっと⁉ なに、この石。魔力を吸って……」  魔力を吸うという単語が引っかかった。セシリヤは記憶を辿る。  『おい、弟子。これに目を通しておけ』  『なんですか、この本』  差し出された本を受け取りながらセシリヤは師匠であるブレーズを見上げた。彼は表紙に書いてあるだろうが、と言わんばかりに眉を寄せている。慌てて表紙へと視線を落とせば、魔物図鑑と記載されていた。  『魔物図鑑……?』  『ああ。相手のことを知らなければ無駄に魔力や体力を消耗するし、勝てるものも勝てないからな』 そう言っていた彼から教育と称して読まされた数多の本の中に書かれていた生物の中に魔力を糧に成長する魔鳥がいたことを思い出した。名前はたしか……  「魔力に応じて成長する鳥……パンディオン」  魔鳥パンディオン。魔力を糧にしており、大きさは普通の鳥と変わらない無害な魔鳥で、希少価値が高く貴族の間で高く取引されているが、自分が認めた者にしか懐かないことで有名だ。野生で姿を見る機会など生きているうちにあるのだろうか、と囁かれるほど稀少である。  「パンディオンか。それならどこからか魔力を吸収しているってことか」  セシリヤはもう一度パンディオンを見た。全体を観察すれば、額が陽の光を浴びて鈍く輝いた。目を凝らして額へ注目する。そこにはひし形のアメジスト色の石が埋め込まれており、禍々しいオーラが出ていた。  「あの魔石を破壊すれば元の大きさに戻りそう……」  奇声を上げながら暴れるパンディオンは絶えず供給される禍々しい魔力に苦しんでいるように見える。足を捉えていた木の根に亀裂が生じ始めていた。拘束できるのもあと僅かだろう。  「ってか、なんかまた大きくなってない? あれ」  対峙してからまだそんなに時間は経過していないはずだが、パンディオンの巨体が大きくなっていた。どこまで大きくなるのかは未知数だが、あまりに多くの魔力を吸収すれば風船が破裂するようにその身が破裂する可能性も出てくるだろう。早めに魔石を砕いた方がよさそうだ。セシリヤは手にしていた石をポケットへ仕舞うと立ち上がった。  「よしっ! やりますか」  セシリヤの姿を捉えたパンディオンが敵意をむき出しにして羽を動かした。突風がセシリヤへ向かってくる。自身の体に強化魔法を掛けてから重力魔法を解いて突風を正面から受けた。セシリヤの体が宙を舞う。それを追うようにパンディオンがさらに羽ばたき風を送る。それを受けながらセシリヤは口角を上げた。天井が突き抜けていて助かる、と内心思いながら空中で体を反転させて体制を変える。  「まだだ。風よ、我が体に纏いて浮かせよ……」  風を纏いながらパンディオンの真上に到達するとセシリヤは壁へと視線を向けた。  「蔓よ、伸びて彼の者を捉えよ!」  壁へ伝っていた蔓が伸び始め、網のようになった。それはパンディオンの頭上から身体全体覆う。それだけでは捉えられないことは分かっているセシリヤは続けて唱えた。  「重力よ、彼の者を抑えよ! グラビトン!」  足を捉えていた木の根に掛けた魔術を解いて自由になったパンディオンが飛び立とうとした瞬間を狙って網に重力を加える。けれど、巨体には一度掛けただけでは効果は薄いようだ。セシリヤは続けてグラビトンを重ねた。  叫び声を上げながらパンディオンは網と共に地面に縫い付けられた。もがくパンディオンの目の前にセシリヤが静かに降り立つ。  「大人しくしててよ」  催眠魔法を掛ければ、パンディオンの瞼が次第に降りてくる。糸が切れたからくり人形のように地面へと倒れ伏したのを見届けたセシリヤは腰に下げていたダガーを引き抜いてパンディオンの額にある魔石へ剣先をあてた。力を込めて押し込めば魔石に亀裂が入り、砕けた。アメジスト色の欠片が地面へ落ちて消えていく。  魔力の供給を失ったパンディオンの体が次第に小さくなっていった。  「これで依頼完了かな……」  セシリヤは息を吐いてパンディオンを覆っていた蔓の網を解いた。元の大きさに戻ったパンディオンに近づいたセシリヤは治癒魔法をかける。両脚を捉えていた際に暴れていたせいか、傷が付き出血していた。淡い光がパンディオンを包んで傷を癒していく。  「よしっ!」  「お見事!」  「そうでしょ! ……は?」  セシリヤが立ち上がったタイミングで声が聞こえた。この場にはセシリヤとパンディオンしかいないはずだ。魔鳥は目の前で眠っている。それに声はセシリヤのポケットから聞こえた。思い当たることが一つだけあるが、いやいや……と首を左右に振って否定する。ただの石だったはずだ。魔力を吸収する魔石。ただの石ではなかった。セシリヤはポケットから魔石を取り出した。  石の中に人が見えてセシリヤはそっとポケットに戻そうとする。  「待って、待って! 戻さないで私の話を聞いて!」  必死な声音にセシリヤは目の前にかざした。中に入っている人と目が合う。エメラルド色の髪に同じ色の瞳がセシリヤをジッと見つめた。  「私の名前はティルラ。信じてはもらえないと思うけど女神よ」  「……はい?」  思考が追いつかず、セシリヤの口から間の抜けた声が零れた。
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