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帰宅時のことだった。いつものように学生鞄をぶら下げながら住宅街を歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。
声の主は春翔だった。私は後ろを振り向き春翔に目線を向けると睨むような目を向ける。
春翔は私の目を見ると、自転車から降りて私の隣に立つ。そして、戯けるように両手を胸の前で広げるリアクションをしてきた。
「おー、怖い怖い。まだ怒ってんの」
「別に」
「悪かったよ。ごめんごめん」
ぶっきらぼうに答えた私を見て、春翔は苦笑いをしていた。春翔としては、そんなことで怒るなよと言いたいのだろうか。
私としてもそんな春翔の態度を見て、怒りを通り越して呆れていた。私の怒りも時間の経過と共にどこかにすっ飛んでいってしまったらしい。
春翔は自転車を押しながら私の横を一緒に歩いている。私は口元にあるニキビが気になり、人差し指で軽く触れる。自分のニキビの状態が悪化していないか気になってしまった。
「あのさ、顔にニキビのある女ってどう思う?」
春翔に対してこんな質問をぶつける。春翔は予想だにしていなかったであろう質問を受けて、答えに頭を悩ませたのかしばし考える素振りを見せる。
「うーん、そうだなー。俺は特にそこまで気になんないけど。一般的な考えとしては無い方がいいんじゃないか」
「だよねー」
ため息まじりの声を出す。そりゃそうだよね。こんなの聞く前から答えが出ている問題だ。
春翔としては、私からこんな質問が飛んでくることは想定外だったのだろう。疑問に思ったのか至って真面目なトーンで話を聞こうとしてくる。
「なに、もしかして彩芽、そんなこと気にしてんの」
「そんなことってなによ。女は肌のことは結構敏感なの。男は気にしてないかもだけど」
「あー、そうだった。彩芽、男じゃなくて女だもんな」
明らかに悪意のある言い回しをされたと感じた私はカッとなり、春翔の背中に向かって強烈な平手打ちをお見舞いする。パンという乾いた音が鳴ると同時に、春翔から「痛っ」という声が漏れていた。
「手を出すか普通。そういうところが女らしくないんだよ」
「うるさい。ちょっと黙ってて」
「なんだよ、そっちから質問してきたくせに。俺もう行くわ。これ以上暴力振るわれても困るしな」
春翔は自転車に跨るとペダルを漕ぎ始めて、私の側から離れて行った。私は春翔とのやり取りに疲れたのか、大きなため息を一度つく。その後は一人で家まで歩いて帰途についた。
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