541人が本棚に入れています
本棚に追加
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
「で、そのようなお姿に?」
心配そうな、心底呆れ果てたようにも取れる声と表情。
その主は亜麻色の髪の、綺麗な人。
メイド妖精のフェナだ。
……剣の稽古。という名の喧嘩。
それを終えて、僕らが城に戻った時。
早速、彼女に見つかった。
フェナはまず、怪我だらけで泥だらけの2人を見て卒倒しそうな顔をする。
「ルベルが悪いんだぜぇ、こいつ反則ばっかしやがるから」
「うるさい。実戦型、と言え」
確かに、最後の方なんてなりふり構わなくなった。
拳とそこらにある石も。
なんなら砂を投げつけて、目潰しはかってやったっけ。
「というか、君だって」
「お、俺はなーんにもやってねぇぞ!」
指を突き付けて糾弾した。
するとビクッと肩を大きく震わせて、狼狽えやがる。
「魔法、使っただろ」
「えー? し、知らねぇなぁ」
「とぼけてんじゃない」
魔法でなきゃ突然、土の剣闘場から巨大植物が生えるか!
細いが無数に蠢く、蔓。
それらが、まるで意志を持つように絡み付いてきたんだぞ。
「ルベルの反則に比べたら、可愛いもんだろ!」
「君のは、ズルいんだよ」
「それ、お前が言う!?」
「うるさいっ、デブ」
「ひでぇ! これ筋肉だっつーの」
「ちょーっと腹筋割れてるからって、良い気になるなよ」
「いででっ、痛てぇよ!? そこ怪我してんだからな!」
ムカつきがぶり返して、思い切りその腕やら腹を殴ってやる。
すると大声でギャーギャー喚きやがるから、さらに殴ってやろうと腕を振り上げた。
「やーめーろっての」
「い゙ッ!?」
軽く受けられただけ。
それなのに、鈍い痛みが拳に走る。
「まぁっ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るフェナ。
僕の手に、優しく包み込むよう触れた。
「お、おいルベル」
狼狽えたエトを無視して、目の前の天使(妖精だけど)に弱々しく微笑みかける。
「フェナ。心配してくれるんだね優しい人――、願わくば、君のその美しい手で手当してくれないか?」
「まぁ、ルベル様ったら」
温かな笑みを浮かべた彼女。
形の良い、ピンクの唇で言葉を紡ぐ。
「エト様に、治して頂きましょうね」
「え゙?」
そっと手は離され、代わりに握られたのはゴツゴツとした男の手。
薄ら笑みを浮かべたエト。
僕はもう三回くらい、コイツをぶん殴りたくなった。
「ほら。俺が治してやるよ」
「要らんッ! なんで男に手を握られにゃならんのだ」
離せ、と藻掻くも力が入らない。
相当痛めてしまったのか。もしや、最初に腹に一発キメた時か。
「照れなくても、よろしいのですよ? あ、恥ずかしいのなら。私、向こう向きましょうか?」
「フェナ!? 」
そう言いながら、彼女はうっとりとこちらを見ている。
男2人が手を握り合っている、気色悪い場面をだ。
「うふふ。痴話喧嘩も愛し合ってる故ですわね」
「だから違うって」
「ほら、動くなよ」
また妙な勘違いしているフェナを、振り返ろうにもエトに腕を引かれる。
文句でも言ってやろうと、奴の方を向く。
「……」
瞼を閉じ、小さな声で呪文を唱える姿。
掴まれた手が、翠色の光をぼんやり放っている。
――睫毛、長い。
最初に思ったのは、それだった。
太い眉に、厚い唇。
目を閉じていても、その表情は優しげだ。
「うん。終わり。ルベル?」
「えっ!? あ、あぁ」
開かれた瞳は、先程の光と同じ翠色。
まるでエメラルド、と言ったら陳腐だろうか。
「ルベル?」
「っ、な、なんでもない……!」
黙り込んだ僕を、怪訝に思ったのだろう。
顔を覗き込んできた。
まったく、顔だけは良いんだよな。コイツ。
あとは、全部気に入らないが。
「れ、礼は言わないぞッ」
だいたい、この筋肉ダルマが悪い。
そんな憎まれ口を叩く僕に、彼は。
「元気そうで、むしろ安心だぜ」
とおおらかに笑った。
その笑顔。
まるで笑ったように見える、犬みたいだ。
「君に心配されなくても、このくらい……って、さっさと自分も治しちまえよ。出来るんだろ」
魔王の息子は、チート設定ってか。
ふん、ムカつく。
「まーな、ってアレ?」
「まぁ、エト様の傷が!」
フェナとエトが同時に声を上げた。
「いつの間に治しましたの?」
「俺、まだ治してないぜ」
「でも」
どうやら、あれだけあった彼の身体の傷。
全て何も無かったように、消えているらしい。
無自覚で治癒するとは、いよいよチートか。
……後で10発ほどぶん殴ってやろう。
首を捻るエトを横目に、僕は密かに決意した。
そこへ、大きな足音が響く――。
最初のコメントを投稿しよう!