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「……」
「……」
ガタゴトと揺れる、馬車の中。
――今、めちゃくちゃ気まずい。
互いがダンマリしてるからだ。
僕をお買い上げしたこの男、さっさと僕を引き取って市場を後にした。
慌てて後をついて行く僕に、一度だけ振り返って『これ着といてね』と掛けられたのが自身が羽織っていたマント。
真っ黒いカラスの羽のような色のそれは、見た目より軽い。
それでいて暖かかった。
「……」
窓の外を眺める男を観察する。
ガタイの良さは別として、とてと特殊な出で立ちだと思う。
服装からすると、なかなか身なりの良い感じ。
どこぞの貴族か、はたまた王族か。
歳は20代後半から30代。
短い黒髪が、風に靡いている。
――ま、まぁ。なかなか良い男風情だ。
前世の僕には負けるけどな!
「ん? 寒いかな」
「えっ、あ、いえ、別に」
突然こっち見た。
すごい勢いで目を逸らしてしまう。
逆に失礼だったかと思うが、何故か怒るわけでもなく楽しそうに話しかけてきた。
「名前まだ聞いてなかったね」
「な、名前? 」
一瞬迷った。
名前を言うべきか。
……奴隷は、この首輪をつけた瞬間から人として扱われなくなる。
言ってみれば家畜やペットと同じ。
名前だって、今までのそれを捨てなければならないんだ。
だから僕のルベル・カントールを名乗って良いものか。
「私は、君の名前を知りたいんだ」
「っ……ルベル、です」
名前だけにした。
苗字は一応、やめておく。
これも、少し前には家に沢山奴隷がいたから分かることだ。
もっとも。僕自分がその立場になるなんて、思ってもみなかったが。
「ルベルか。素敵な名前だね」
「ど、どうも」
「私はレクス。出来れば、ご主人様なんて呼ばないで欲しいな。良いかい?」
「あ、はぁ……レクス、様?」
なんだた変な人だ。
奴隷に、ご主人様と呼ばせない。なんて。
彼は僕の怪訝な顔に、笑顔で返す。
「様は要らないから」
「レクス……さん?」
「うーん、まぁいいか。よろしくね、ルベル君」
「よ、よろしくお願いします」
気さくな人柄らしい。
そう思えば、この化け物じみたバキバキの肉体も、爽やかなボディビルダーのお兄さんに……見えねぇぇッ!
どう足掻いても、戦闘能力が数百万超のバトル漫画主人公にしか見えん。
なんなんだこいつッ、怖すぎる!
てか、こっち見んなァァァァッ!!
「な、な、何か!?」
「うん? いや、可愛い子だなぁと」
「え、あー……ど、ども」
「ふふふ」
今度はこっちを凝視しやがる。
なんかもう、舐め回す勢いで。
「君ってさ。性奴隷なんだよねぇ」
「へ?」
突然、レクスっていう男が言い出した。
性奴隷――、あぁそうだ。僕は性奴隷か。
「しかもまだ処女」
「当たり前でしょう! 男なんだからッ」
古い人間だと言われても構わない。
僕にとって恋愛やセックスは、女と男でするものだ。
男同士でするなんて、天地がひっくり返ってもありえない!
そんな僕がよりにもよって、男娼になんて。
「ふふ、まだ若いんだねぇ。楽しみだな」
「え゙!?」
わ、忘れてた。
こいつ、僕の事を買ったんだ……と言うことは。
「さ。そろそろ屋敷に着くよ」
ニッコリ微笑まる。
僕は見事な間抜け面で頷いたが、その心は絶望でいっぱいだった――。
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