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☆ ☆ ☆
夏織と夏彦の出会いは、いわゆる合コンだった。夏織は合コンというものを忌避していたが、同僚の奈緒子に騙し討ちのように連れていかれたのだった。一番端の席で存在感を消していた夏織は、目の前に座り、会話にほとんど参加せずに料理にがっついている夏彦を観察していた。
自己紹介で『星空の写真を撮っています』と言った夏彦はかなり異質な存在だった。会社帰りの他の男性陣は、おそらく自分が一番良く見えるであろうスーツを着て参加しているようだったが、夏彦だけは少しくたびれた紺色のシャツに、ジーパンという随分とラフなスタイルだったのだ。
夏彦は酒もほとんど飲まずに、次から次へと運ばれてくる料理を口いっぱいに頬張っている。夏織はそれを見て、くすりと笑った。夏彦は食べるのを中断し、目の前の女性に視線をやる。それは、初めてその存在に気づいたかのような間抜けな表情であった。
「お腹空いてたんですか?」
先に話しかけたのは夏織だった。夏彦はまだ口の中がいっぱいだったようで、数回頷く。汗をかいたように水滴をびっしりと纏ったグラスを掴むと、ごくごくと喉を鳴らす。夏織はその上下する喉仏を眺めていた。
「今日は飯がいっぱい食えるって聞いたから来たんだ。そしたら合コンでさ。俺、嫌いなんだよね。合コン。腹の読み合いとか面倒だし。君……ごめん、名前忘れちゃった。君もそんな感じ? 一言も喋らないから声出ないのかと思っちゃったよ」
「夏織です。夏に織物と書いて夏織。そう、私も合コン苦手で……」
「へえ、夏織ね。覚えた。夏、お揃いだ」
夏彦はそう言って笑った。長めの前髪に隠れそうな奥二重の目が細く弓なりになって、人懐こい印象を醸し出した。
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