70人が本棚に入れています
本棚に追加
「いい写真、撮れそうですか?」
あらかたセッティングが終わったように見えたところで、夏織は声をかける。その声色には、少し苛立ちが含まれていた。夏彦はそれには気づかないようで、ファインダーを覗いたまま「まあまあかな」と返事をした。
「夏織、撮ってみる?」
夏彦は振り返って夏織に手招きをした。夏織はむくれ顔のまま近寄る。夏織の手を掴むと、夏彦はその手にレリーズを握らせた。
「これでシャッター切れるから。押してみて」
夏織がそのボタンを押すと、シャッター音が静かに鳴った。夏彦は小さな液晶に撮影した写真を表示させた。
「夏織が撮った写真だよ」
「すごい、都会でもこんなに星が写せるのね」
「晴れてて、明かりが少ないところなら割とね。これでも見えてない星はたくさんあるけど」
夏彦はそう話しながらてきぱきと機材を片付け始めていた。
「ごめん、俺、もう帰らないといけないんだ。写真送るから、連絡先教えてくれない?」
夏織は夏彦の背中を見つめながら、取り出したスマートフォンをぎゅっと握りしめた。
「お忙しいんですね」
「まあ、夜しか仕事できないからね」
リュックサックのファスナーを閉めると、夏彦は夏織のほうに体を向けた。骨張った指が顔にかかる髪をそっと除けるように触れると、夏織はくすぐったそうに目を細めた。
「もう少し、一緒にいれたらよかったんだけどな」
お互いの連絡先を交換した後、夏彦は夏織の手を握って歩き始める。等間隔の明かりがふたりの影を地面に落としていた。
帰らなければいけないと言ったわりに、特別急ぐようでもなく、夏彦は電車で帰ると言った夏織を駅まで送り届けた。笑顔で手を振った夏彦は「今夜は難しいけど、絶対連絡するから」と言ったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!