70人が本棚に入れています
本棚に追加
☆
【今度の金曜会える?】
それはふたりの出会いからすでにひと月ほど経った日のことだった。写真以外の用件で連絡が来たのは初めてのことで、夏織は何度も目を擦った。毎夜送られてくる写真は、ただの日課に成り下がっていて、自分の顔なんて忘れてしまったのではないかと思い始めていた夏織は飛びつくように返信した。
【夜なら大丈夫です】
【よかった。じゃあ夜七時、ここに集合で】
そのメッセージとともに送られてきたのは店の地図だった。店名を調べた夏織は小さな悲鳴を上げる。そこはこの前の居酒屋のような店ではなく、いわゆる大事な日に利用されそうな雰囲気の店だったのだ。夏織はその夜、ひとりファッションショーに明け暮れた。
約束の日、夏織は濃紺のノースリーブワンピースを身に纏って家を出た。カーディガンを羽織れば普段使いもできるし、うまくアクセサリーを合わせればパーティードレスにも見えなくもない、と買っておいたものだった。
目的の店の前に待っていたのは、くたびれたシャツにジーパンの男ではなく、ぴしっとアイロンのかけられたシャツにスラックスを合わせた小綺麗な男だった。
「夏彦さん?」
夏織が声をかけると、その男は振り返る。長い前髪は掻き上げたように軽くスタイリングされ、露わになった優しそうな奥二重の目が夏織を見つめた。
「あ、夏織か。どこの美人かと思ったよ」
「夏彦さんこそ。すごく、素敵です」
夏織はそう答えるので精いっぱいだった。夏彦は夏織の腰に手を回し、店内へと誘導する。夏織はその手の温度に身をかたくして、ぎこちなく店内に足を踏み入れた。
最初のコメントを投稿しよう!