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――お前はいい選択をした。その先は深い。一歩踏み出してしまえば沈み、お前は死んでしまうところだった。
形を成した枯葉は、妙に低くて腹部に重くのしかかるような音を発した。
――さて、話を変えよう。なぁに、そんなに身構えなくてもいい。
枯葉の集合した物体の顔と思われる部分が、不敵な笑みを浮かべたように、不格好に歪んだ。そして水の上を歩いているかのように移動していく。
――世界は濁っている。なぜ濁っているかというと、濁っているからだ。理由なんてない。そう、濁っていることに理由なんていらないのさ。濁っているから濁っている。その結果だけで十分だと思わないか。
物体が僕の肩に触れる。へばりつくような嫌悪感があった。
――そう考えるとこの世の中すべてにおいて、理由なんて必要ないのかもしれない。これは一人間、おっと私は人間であって人間ではない。しかし、私はお前で、お前は私。したがって人間と言わせてもらおう。
おどけるようにがさがさと音を立てながら、なおも水面を移動している。
――これは一人間の考えであって、このような考えではない人間もいる。よってこの考えは本当に正しいのかはわからない。だが、それがどうした。全ての人間に通じなくても、己には通じる。これだけで十分だと思わないか。
音が大きく鳴っている。枯葉の歪みもより複雑化し、水面を移動する速度が上がっていた。僕の周りをぐるぐると逃さないように回り続けている。
突然、視界から消えて数秒が経ったころ、僕の背中に衝撃が走った。予期せぬことで、踏ん張ることもできず、僕は倒れまいととっさに一歩を踏み出してしまった。
沈むことはなかった。あいかわらず水は膝下までつかっていた。
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