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cene2
敵の前衛基地の一つだった村の調査や物資の収拾は、ぼくらが居合わせたようなハプニングを除けば、実り豊かで快いものだった。というか、あの場で男の子を射殺して、ただでさえすり減った良心をさらに削ってしまった人々も、その数十分後には歓喜を全身で表すことになった。
というのも、村の北側に位置する倉庫群から、たくさんの家畜が見つかったからだ。
さすがのぼくも、胸を躍らせたものだ。だって、雌鶏が十羽近くに、なんと豚が奇跡的に一頭残っていたのだから。本部のやむごとなき身分の方から勲章を授かるより、何万倍も嬉しい。あんな飾りは食べれたものじゃないからね。
とはいえ、さすがに総勢五十人近くになる大所帯では、一人頭の分け前は微々たるものだ。特に豚肉にいたっては、ここぞとばかりに指揮官や各班の有識者らが、筆舌に尽くしがたい激しい争奪戦を繰り広げた。
なので、如何に見た目麗しい英雄として本国に知られているらしい彼女の、おこぼれに預かれるぼくですら、夕食のスープに幾つか浮かんでいる塊が、果たして本当に豚肉なのかは判別しなかった。同じ食堂スペースを共にする者達より二三きれは多いらしいから、マシなのではあるらしいが。
「おい」
隣に座っていた彼女に声を掛けられた。スプーンを止め、嫌々彼女の方を向くと、やはりこちらを睨んでいた。もっとも、ぼくにとって真に煩わしいのは、そんな狙撃手の目つきでは全然なかった。
彼女の右隣から後方、対面、そしてぼく自身の左となりや背後からも視線を感じていた。
年端もいかない、貧相な体つきの子供たちからの視線だ。まだ、銃を握ることも禄に出来ない、完全な庇護下にある弱者たちの、期待と欺瞞に満ちた光。それが、ぼくと彼女を完全に包囲している形になる。
仕方なく、ぼくは彼女に向かって小さく微笑んだと思う。肩もすくめてみせたかも。
「君が何を言いたいのか、ぼくには分かりかねるね」
「つまらない冗談はよせ。お前、もう一口は味わっただろう。さぁ――」
「嫌だね」左腕でぼくの隣から腕を伸ばす男の子を押しやりつつ、答えた。「英気を養うのは兵士の勤めだ。この子達を護るためにも、ぼくは食べられるものはありがたくいただくとするよ」
「お前には、子供たちの年上としての誇りはないのか?」
「ふふふ。始めて君との会話で笑わされたね。生憎、誇りじゃ腹は膨れないんだよ」
いよいよ彼女は腕の筋肉を緊張させ始め、軽く腰の位置を調節した。
やる気らしい。望むところだ。彼女に怪我をさせ、最悪独房にでも入れられたとて、ぼくに一切の不満も心やましいところもない。
「お前には」彼女は努めて冷静な声音で、「少しは彼らに分けてやろうとか、それくらいの優しさは持ち合わせていないのか。わたしですら、結局食べられなかったんだぞ、豚肉……」
「そう。そんなに彼らに美味いものを食わせたいのなら、他の皆にも声をかければ良い」
我関せずと舌鼓を打っていた周囲からの「こいつ、余計なことを言いやがって!」といった塩梅の気配。
それらに反応して、彼女はすかさず四方へ目をやったが、やっぱり誰もが顔を逸らした。彼女の目つきが怖いからじゃない。誰だって、食べたいんだ。きちんとした肉を。最後に口にした肉なんて、敵から押収した革のベルトを熱湯でふやかしたようなものだったし。
結局、彼女の感情の矛先は、ぼく一人に集約されることになる。
彼女と共にぼくを苛むのは、恨みがましさと慢性的な耐えがたさを混ぜ込んだような、子供たちの顔、顔、顔。彼女は普段から彼らの元に足繁く顔を見せていたけれど、随分と人気を集めたものだ。
この基地で仕方なく養ってやっている子供が、殆ど全員この場に集まっているんじゃないんだろうか。少し視線を動かそうものなら、十にも届かないような幼い男の子だらけ……。
「……ん」
「なんだ。分かってくれたか?」と、彼女が直視するに堪えないまぶしい笑顔を浮かべ、「わたしはお前を信じていたぞ」
「この辺、クソガキばかりだね。むさ苦しい。ぼくの記憶では確か、女の子が一人くらいは居たはずだけど?」
彼女が苛立たしげに、自身の右側に顎を動かした。彼女の右隣で影に隠れるように、女の子が座っていた。その子も他の者達と同様に折れそうに細い身体。
にも関わらず、相応の無邪気さが年数と共に変化するらしい食欲とか妄執とかの類いを、その少女の瞳は浮かべていなかった。ただ一人ぼくの視線にも気づかずに、自分の前に置かれた空の容器を見つめていた。あるいは、もう何も見ては居ないのかも知れない。この場に意思はないかのように。
ぼくは舌打ちした。
苛立ちから首を軽く鳴らし、立ち上がる。
「お前、そこまで腐っていたか――」と、何を思ったか、彼女はいよいよ腰を上げた。
「知らない。勝手にすればいいさ」
伸ばされる男の子たちの細腕たちを躱し、彼女に押しつけるようにスープを渡してやる。彼女の性格だから、きちんと全員に配膳してやるはずだ。本人が嫌がろうとも、押しつけがましく食べさせてやるのだろう。
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