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3 スーパーチャット(投げ銭)
昼休みのあと。
太一はゼミの教室の前に立っていた。
逃げたってどうせ同じゼミだ。顔を合わせるに決まっている。
自分から逃げてしまったので、何となく気まずい。もやもやした気持ちを抱えたまま、教室の扉を開ける。
教室にはすでに、心海がいた。彼氏の勇汰も一緒にいる。心海と目が合った。心海が「どもー」と手を振ってくる。
気を悪くしていない感じに、ほっとする。
勇汰がちらっとこちらを見た。
太一は勇汰に「お疲れ」と挨拶をして、心海に手を振りかえした。
ゼミの準備を進める。
お菓子を用意する担当だった。お菓子を皿に移し替えた時だった。勇汰の、からかうような声が聞こえた。
「うっそぉ、心海、お前、ブイチューバーにスパチャする派?」
太一は振り返った。
心海がむっとした顔になっていた。
スパチャ(スーパーチャット)とは、ユーチューブのライブ配信における投げ銭だ。
自分のお金を直接、配信者に渡すことができる。
勇汰に悪気はないかもしれない。ただ、ハマり過ぎ、信者、貢ぐのも大概にしろ、ときて、ふいに太一の心はささくれ立った。
自分が批判されたわけではない。でも言い過ぎだと思った。
ゼミで配るお菓子の籠を二人の近くのテーブルに置く。ぼそっと呟いた。
「そんなに悪く言わなくてもいいと思うけど」
勇汰に睨まれた。
「何、お前、何が言いたいの?」
あれ? と思う。普段の勇汰と全然違う。あたりがきつい。何かあったのだろうか。
「えっと、気に障ったらごめん。でも、何にお金使うかって、その人の勝手っていうか。ぼくは別にスパチャいいと思ってる派の人間だから。何でそんなふうに言うのかなって思っただけ」
変に揉めたくなかった。
淡々と話す。
勇汰が立ち上がった。あからさまに機嫌が悪い。こんなに人に当たるようなやつだったかと驚いた。
「お前、俺に喧嘩売ってんの?」
「喧嘩をすることと、意見を伝えることは、別でしょ。ぼく、別に勇汰と喧嘩したいわけじゃない」
勇汰が椅子を蹴った。心海が立ち上がる。次の瞬間、教室に他のゼミ生が入ってきた。微妙な雰囲気に戸惑う様子を見せながらも、そっと机の端のほうへ鞄を置いている。
勇汰が「ちっ」と舌打ちをして歩き出した。
「どけよニキビ野郎」
耳元で、自分だけに聞こえるように言われた。強く突き飛ばされる。
よろけたが、何とか踏ん張った。
勇汰にそこまで言われる筋合いはない。はっきりと嫌な気持ちになる。
勇汰が教室を去ろうとしたその時だった。
真っ直ぐな声が響いた。
「自分の好きなことして頑張ってる人を応援して、何が悪いの?」
太一は顔を上げた。
大袈裟かもしれない。だけど、心海を中心にぱちぱちと音をたてて、淀んだ空気が一気に浄化されていくように見えた。
勇汰は何も言わなかった。決まり悪げに教室を出ていく。
心海に何かを返したいと思った。何かを返さなくてはいけない。
でも、何を返せるだろう。
とりあえず、会話に割って入った事を謝ろうと思った。
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