22人が本棚に入れています
本棚に追加
「前原さん。ごめん、ぼく余計なこと言ったかも」
「あ、ううん。気にしないでいいよー。志堂くん悪くないし。当たったの大丈夫だった?」
心海がけろっと笑った。
何だか面食らってしまう。
「ん、ぼくは大丈夫。勇汰、結構荒れてたね」
「そうだねー。勇汰はさ、目が雲ってるからね。馬鹿なんだよ」
清々しいまでの罵倒に、うっかり笑ってしまった。
心海が話を続けた。
「多分、わたしと勇汰の違いってさ、物を買う派の人間と、体験を買う派の人間の違いだと思うんだよね」
スパチャをして手に入るのは物ではない。
応援できた、中の人を支えられた、コメントを読んで貰う確率が上がった、配信に参加できた。
そんな喜びが混然一体となった『体験』だ。
「確かにそうかもね」
「そーなんだよねぇ。いや、物も大事だよ? でもさ、何かこう、勇汰とは分かり合えなかったなーって。勇汰って、映画のパンフレット買わない派なんだって。必要ないからって」
分かり合えなかった、という過去形の発言に小さな引っ掛かりを覚えた。
「志堂くんはどっち派?」
「ぼくは買う派」
「あはは、わたしも。体験って言えばさ、某テーマパークとかもそうだよね」
「うん、あれも体験と思い出にお金払ってる。で、高揚した気持ちのままに物としてお土産も買っちゃうよね」
まさに映画のパンフレットと同じような仕組みだ。
心海がなぜか目をきらめかせた。
「そう! 物と思い出ってつながってる! だからかー!」
「何が?」
「昨日勇汰と別れんだけどさ。映画のパンフレット、妹が欲しいって言ってきたからあげちゃったの。断捨離。思ってた以上にすっきりしてさ。理由それだよね」
耳を疑った。
「──へえ……別れたの!?」
思わず聞き返す。
「うん。考え直してくれって言ってきた直後にあの態度は無いわー」
実は、自分は夜箕かけるなんだ、と言ったら。振り向いてくれるだろうか。急に、本当のことを言いたくなった。
でも、言えなかった。
今一つ、自信が持てない。
そんな事を考えているうちに教授がやってきた。
ゼミが始まる。
ゼミの課外活動の日取りが決まったと知らされた。六月の半ば。行き先は、偶然にも心海と話していたテーマパークだった。
ゼミ生全員で行くイベントだ。でも、何より、心海と一緒に行けると思うと、気持ちがふわっと膨らんだ。
当日まで今から一ヵ月以上ある。
突然、ニキビをちゃんと治したいと思った。
何か一つ、目に見えて変わりたかった。自信が欲しかった。
心海に、自分のことを見て欲しい。心海の気を引きたい。自分を彼氏に選んで欲しい。
どこまでやれるかわからない。
でも、やれるとこまでやってみたい。
つまらないとか面白くないとか言う前に、自分の手で現実を変えるんだ。
変わろう。
最初のコメントを投稿しよう!