父の日の贈り物

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父の日の贈り物

 父の日に、父が花屋で贈答用の花束を抱えていた。 「それ、自分用?」  ちょっとした野暮用で、学校の帰りに花屋へ立ち寄った。  そこで、花束を抱えて帰ろうとした父とばったり鉢合わせた。きれいにラッピングされたピンクのバラの花束と、青いネモフィラの花束を抱えている。父の趣味かどうかは分からなかったけど、明らかに贈答用だった。  父は私に気づくと、「おっ」と驚いて声を上げた。眼鏡の向こうのつぶらな瞳がキュッと見開かれ、ビー玉のように輝いた。 「今、帰りか?」 「そう。ちょっと野暮用で」  私は『父の日に贈り物を』と書かれた広告から目を背け、誤魔化した。  本当は今すぐにでも店から出て行きたかったけど、そんなの不自然だ。それに、何も買わずに店を出て行くなんて、店員さんに悪い。  私はなんとかこの場を切り抜けようと、父が抱えている花束を指さした。 「2つも買うの?」 「うん」  父は動じることなく、頷いた。 「母さんと、お前用」 「……んん?」  おもわず、父の顔を見た。  今日は母の記念日でも、私の記念日でもない。かと言って、冗談を言っているふうでもなかった。まさか、頭がボケたんじゃ……。 「今日、何の日か知ってる?」 「父の日だろ?」 「……父の日が何をする日かは知ってる?」 「家族が父親に感謝する日、だったかな?」  どうやら、ボケたわけではなかったらしい。良かった。  しかし、父は続けてこんなことを言い出した。 「でも……今年は"父親が家族に感謝する日"にしようって決めたんだ。ほら、今年は母の日もお前の誕生日も、急な出張で祝えなかっただろう? それなのに、一人だけ父の日を祝わってもらうなんて不公平だと思ってな。だから、今年の父の日は"家族が父親に感謝する日"じゃなくて、"父親が家族に感謝する日"にしようって決めたんだ」  父は出張が多く、会社から帰ってくる時間も遅い。  しかも間の悪いことに、家族の記念日や学校行事と会社の仕事がよくダブる。  今年も、母の日と私の誕生日に出張がダブってしまい、直接祝ってはもらえなかった。メールで祝ってはもらったけど、どうせなら声が聞きたかった。  その後も父は忙しく、まだプレゼントをもらっていなかった。高校生にもなって、父親に誕生日を祝ってもらいたいとは思わないけど、家族の節目に一緒に過ごせないのは少し寂しかった。 「それで花束?」 「プレゼント、まだ渡せてなかったからな」  そういえば、ピンクのバラは母が一番好きな花だ。  母はバラが大好きで、他の花には大して興味を持たないクセに、バラの色に関しては異常なまでにこだわりが強く、 「赤いバラは毒々しくて嫌い。でも、ピンクのバラは優しい感じがするから好き。一番好き」 というのが口癖だった。父はちゃんと母の口癖をちゃんと覚えていたらしく、今日の花束にも赤いバラは使われていなかった。  ネモフィラも、私が最近ハマっている花だ。  もともと青い花が好きだったが、テレビで広大なネモフィラ畑の映像を見て以来、すっかりネモフィラのとりこになってしまった。  ただ、父にネモフィラが好きだと話した覚えはない。  「知ってたの? 私がネモフィラが好きだって」 「テレビでネモフィラが映るたびに、釘づけになっていたからな。この前も、リビングでネモフィラの写真集を眺めていたし」 「くっ、目ざとい」  私は悔しくなり、父を睨みつけた。  父はほとんど家にいないくせに、母や私の近況をよく知っている。私は父がエスパーではないか疑っているが、母いわく 「お父さんは、私達と一緒に過ごせるわずかな時間を大切にしているの。だから、どんなにささいなことも覚えているのよ。最後に一緒に食べた夕食とか、あなたの花の好みとか」 だそうだ。  父に知られていないと思っていたことを、実際には知られていたというのは、うざったくもあり、どこか嬉しくもあった。離れていても父は父なのだと、安心できた。  話を終えると、父は2つの花束を抱えたまま、私を置いて店を出て行こうとした。 「その花束、今くれないの?」  父は振り返り、「ちっちっ」と指を振った。 「家に帰ってから。本当はサプライズの予定だったんだぞ? 母さんには内緒な」  父はつぶらな瞳をギュッとつむり、下手なウィンクをした。  父の計画に加担するのはシャクだったけど、ネモフィラの花束に免じて協力してあげようと思った。  店の窓に貼りつき、父の姿が遠ざかって見えなくなったのを確認すると、私はレジの店員さんに声をかけた。 「すみません、贈答用の花束を作っていただきたいんですが」 「はい。どなたにお作りしましょう?」  私は外を再度確認し、答えた。 「父に」 (終わり)
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