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2020年6月20日(1709)
目の前に並べられた刺身の輝きに反応して溢れる唾を呑み込む。向かい側で鏡のように同じような表情をしている陽乃がいた。
「絶対ここに来るなら千優とだと思ったんだよねぇ」
涎が垂れているのではと錯覚するぐらいうっとりした表情で陽乃は言った。
彼女は高校の同級生で、卒業してからも定期的に会って食事をするのは彼女ぐらいのものだった。グルメ通の彼女が探し出した店に月に一度集まり、好きなものを食べる。彼女の選んだ店に間違いがあったことはない。
「予約、取るの難しかったんじゃないの? よく取れたね」周りが賑やかで、いつもより少し声を張る。
「まあ、ちょっとね。本当ラッキー。さ、食べよう」
陽乃のちょっとした口ぶりで、私は次点だったのだと知る。おそらく彼氏と来るつもりで前々から予約を取っていて、でも仕事が何かで無理になったのだろう。そこで私が選ばれた。
そんなこと、気にすることはないのに、彼女はそういう気遣いをする人だった。とても優しくて、繊細なのだ。
どうでもいいことなど忘れてすぐに次々運ばれてくる食事に夢中になる。
鯛のあら煮が驚く安さで、甘辛い味つけに頬が緩む。陽乃がうまい、安いとどこかのCMのように騒いでいる。
出汁巻玉子にはぷちぷちしたいくらが零れるぐらい入っている。のどぐろの塩焼きは皮がぱりぱりしていて、身が柔らかくジューシーだ。こぼれ寿司はいくらとウニとカニがシャリの姿を隠していて、見ているだけで楽しかった。
魚好きの私たちは暫くの間黙々と食べ続ける。一人で食べているのと変わりないのに、二人の方がおいしいと感じてしまうのは不思議だった。
この二人の時間が、溜まらなく楽しく、愛おしい。
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