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間に合った。というのはこういうことか。
私の記憶装置から完全消去される前に現れた。
まる2か月ぶりのご来店ー。
彼はちょっと照れ臭そうな顔をしてみせる。以前の夜の制服姿ではなく、落ち着いた格好をしていた。
「あらー。久しぶり!」
「どうもー」
まだきごちないが、以前の雰囲気に戻りつつあるようだった。顔の表情から険が消えていた。かつての柔らかい空気をまとっている。
「今、西口の方で働いてて、こっちに来る機会がなくなっちゃって」
「そっかぁ。今は何してるの?」
「飲食店でバイトしながら、モデルの活動やってます。どうですか? 俺、最近、キレイになったってよく言われるんですけど」
「うわぁ。自分で言っちゃう?」
「以前は、ニキビとかもやばかったじゃないですかぁ。おねーさんに、言われたこと覚えてますよ。ちゃんとした生活しなさいって」
「え? そんなこと言った?」
「言いましたよー。だから今、俺、ちゃんと食事も睡眠も気を付けてます。仕事も変わって、精神的にもよくなったと思うし」
うん、笑顔がかわいい。
私は無意識に彼の頬に手をあてていた。
「え?」
これは二人の驚きの声。
彼もびっくり。そして私も自分にびっくりした。こんなことは、この15年の勤務で初めてだ。いや、人生ではじめてだ。他人の顔にいきなり手をあててしまうなんて。私は慌てて、ごまかすために言葉を取り繕う。
「うん、綺麗になってる。よかったよかった!」
「はは、ありがとうございます」
彼はちょっとひきつった笑いをしてみせた。そりゃそうだろう、いきなりおばさんに顔を触られては。
「そうだ、買いもの。あの、すいません。プロテイン関係はどのあたりでしたっけ?」
「はいはい、こっちこっち!」
私はそそくさと案内をする。何か、まだ右手の感覚がおかしい。息子以外の男の子に触れたのっていつ以来だっけ?
「ここんとこ身体も鍛えてて、筋肉に目覚めちゃいました」
「おー。細マッチョでやつだね。このあたりにあるからね、値段、結構違うよー」
本当にプロテインの価格はモノによって全く異なるのだ。もう、輸入牛肉と国産ブランド牛肉くらい。もう簡単に10倍の差が同じグラム数にもかかわらずあるからね。
「うわぁ、こんなにあるんだ。うーん、どれがいいですかねぇ?」
座り込んで捜している彼が上目遣いで私を見る。うわ、思いだした。これ以前にあったシチュエーションだわ。そうだ、私は、あの時、この見上げる目にやられたんだ。自分でもわかってなかったけど、二回目にしてようやくわかったよ。
元ホストニキビ青年が私の顔をじっと見つめる。
「ん? おねーさんこそ、最近、キレイになった?」
「はぁ?」
「あぁ、いやいや、俺、もうホスト辞めたんで変な意味じゃないですよ。本当にそう思っただけ」
「けっ。ホストの言葉じゃなぁ。嬉しいけど、嬉しくないわ」
「いや、もうホストじゃないですって」
「そっか、いや元ホストの言葉も軽いわ~」
ニキビの消えた青年が笑ってくれる。私も笑った。
「すいませーん、レジヘルプお願いしまーす!」
レジカウンターにいるアルバイトの女の子からの応援要請の声がかかった。
「はーい!」
私は元気よく返事をして、小走りにレジへと向かう。
「お待たせしましたー。次の方、こちらへどーぞ!」
END
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