100人が本棚に入れています
本棚に追加
episode11
そして来ましたファンミ当日。
集まりやすいであろうとのことで金曜の放課後。
企画と具体的な進行とで何気に忙しかった日々がやっと終わるのがとにかく嬉しい。
「………なんで私服?」
「制服は見慣れてるだろー。新鮮さ大事。どう?」
「にあってるけど」
「さんきゅ」
会場への案内係りを任命された俺は、そのまま寮に向かう冬吾に連行されて寮の自室に戻っていた。
にこにこ笑う姿は相変わらずとてもかわいい。
というか冬吾って人前に立つの絶対向いてると思う。本人も楽しんでるみたいだし、なによりサービス精神がすごい。
でもそろそろ会場に向かわないと遅れそうなので冬吾にそのことを告げると、素直に準備を切り上げて会場に向かった。
こだわりは強いけど、こういうところが真面目だから嫌味がないんだよな、冬吾って。
「こっち」
「……な。この集会って、由人も毎月参加してるやつだよな。……楽しい?」
「んーー…俺自身が楽しい、のかは微妙だけど、みんなが楽しそうだから居て嫌な空間ではないよ」
「そっかぁー」
集会の時に借りることの多いいつもの講義室の前に着いたので、とりあえず宮野に入っても良さそうか連絡をする。どうやら向こうの準備も整っているらしい。
「もう入っていいって」
「りょーかい」
そう言った冬吾が扉を開き、教室のなかに足を踏み入れた。一瞬の間。それから、今までにない大きさの歓声。それはもうものすごい。冬吾の目が一瞬バツになってた気さえした。びっくりするよなわかる。俺もめちゃくちゃびっくりした。
冬吾の親衛隊は意外にも主にはかわいい系の女子力高いタイプが多くて、体育会系のガタイの良いタイプはちらほら見かけるくらいだ。あと、俺の存在に背中を押されてか、普段親衛隊活動とはあまり関わらないようにしてそうなフツメンの男も少しいる。
冬吾は一体どういった視点で人気なのだろうか。わりと謎。
宮野が集まった隊員達を落ち着くよう宥めているので、とりあえず俺は冬吾をステージ代わりの壇上まで案内した。
それから宮野のところに戻る。
少しずつざわめきは落ち着いてきていて、所々私服なことを喜ぶ声も聞こえてきた。
……さすが、ファン心理をよくわかってる。すごい。
『えーっと、こんにちは。今日は集まってくれてありがとう──』
冬吾か一言喋った後に、宮野がいつものように穏やかに司会進行して、冬吾がそれに答える。
質問コーナーも、他の企画も、本当にみんな楽しそうで、空気感とかいろいろ、冬吾が演者としてステージに立っていた時のことを思い出した。
あの時も今も、本当にみんな楽しそうで、幸せそうで、いつもとは違う少しだけ非日常な空間。
やっぱり、冬吾は人前に立つのにすごく向いているんだと思う。
冬吾の受け答えにみんなが目をキラキラさせているのを眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
もうそろそろ締めの時間に差し掛かって、最後に冬吾がみんなに向けて改めて言葉を掛ける。
『──とにかく、俺に関わってる以上は楽しんでほしいなって思っているので……何か俺のことで不満なこととかがあったら、宮野でも由人でも、もちろん俺自身でも、誰かにまず相談してほしい。こうやって集まったのも何かの縁だし、明るくて楽しい活動にしていきましょう』
モデルの時と似たようなキラキラした笑顔でみんなに向けてしゃべる冬吾は、やっぱりすごく眩しくて。
読モ時代、ステージに立ってる時の冬吾を客席から眺めていた時のことが思い返されて、少しだけ懐かしい感覚がした。
手が届かない、と、思っていたのに。
今では一緒の部屋で暮らし、極ありふれた友人のような関係になった彼を眺めながら、ぼんやりと不思議に思う。
どこかで何かを掛け違えていたら、今の関係はなかったのだろうか。
もしも同じ部屋にならなかったら、相変わらず遠くから眺めていただけだっただろうな──
容易に想像できる別のケースの自分の姿を思い浮かべながら、壇上から降りる冬吾にお疲れさまと声をかける。
まだステージの上にいる時の雰囲気を纏った彼に少しだけドキドキしたけど、俺に向けられる笑顔はもう普段の冬吾に戻っていて、どこか安心してる自分もいた。
最初のコメントを投稿しよう!