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episode6
「ねぇ、これどこ行ってんの……?」
放課後、あの後あっという間に打ち解けた(冬吾って人と仲良くなる才能あると思う)冬吾と宮野に連れられて廊下を歩いていた。
なんていうか、この先の出来事は大体想像はつくけれど、……あんまり嬉しくない想像しかできない。
「親衛隊の申請用紙、風紀委員のところに取りに行くんだって。だからついでに由人のことも相談しとこうって宮野が」
「うん。僕達だけじゃ不安なところもあるし、知らせといた方がいいと思って」
「ほんとこいつできる子だよなー。気が利くというか」
変に隠し事してたどっかの誰かと違って、だなんて嫌味が続くのだから、俺に対してはまだ少し怒っているらしい。
そんな冬吾に苦笑しながらも、「変なことされる前に対策はしといた方がいいよ」と俺を気遣う宮野は本当にいいやつだと思う。天使か。
でも……でも、風紀は嫌だ。できれば今すぐ帰りたい。
「ほんと別に大したことされてないし……俺帰って良い?」
「だめ」
「………やっぱ帰、るっ」
強引に逃亡を図ろうとしたら首根っこをつかまれて阻止された。というかもう風紀委員会室の前じゃないですか。
ここはどこだと言いたくなるような威厳を放つ重々しい扉。視界の端に映るのはその扉をノックする宮野の姿。
頼むから面倒なことになりませんように……!
「失礼します」
扉をあけると、一委員会が使っているとは思えないような立派な空間。初めて来たけれど、やっぱりすごい。
「あの、親衛隊の申請用紙を…」と宮野が話す後ろで、なるべく存在を消す、というか小さくなる。冬吾の影に隠れていると「なにしてんの?」とあからさまに不審がられた。
もう、何でもいいから今すぐに俺をここから帰してくれ。
「あとひとつ、相談しておきたいことがあって……」そう言って向けられる、宮野と、もう一つの視線。
「…………由人?」
聞こえてくる声から、想像はついていたけれど。
俺の姿に目を丸くする風紀委員副委員長であり──俺の幼馴染でもある、高槻はじめと目があった。
嗚呼、今すぐにこの場から逃げ去りたい。
「え? ……知り合い?」
俺とはじめを交互に見る冬吾を横に、はじめの纏う空気がどんどんと冷たくなっていくのがわかった。
頭も察しも良いはじめのことだから、きっと俺の置かれている状況なんて話さなくてももう大体わかったはずだ。だからもう帰してください。お願いします。
「ふーん。相談しておきたいこと、ね。……なにかな、じっくり聞かせてもらおうか」
氷のような笑顔で微笑まれて、俺の平和な学園生活はいよいよ詰んだと思った。
学園では何故か大人気のこの笑顔も、俺にとっては今までの嫌がらせが物凄くかわいく思える程には恐ろしい。誰かたすけて。
いま目の前で絶対零度の微笑みを湛えているこの幼馴染は、超がつくほど過保護でねちっこいのだ。
(……おわった、俺の平和な生活…)
それから事細かに今までにされた嫌がらせについて聞かれ、小一時間ははじめのお説教と嫌味を聞かされた。相変わらずしつこい。
「──とにかく、これからは何かあったらすぐ俺に連絡すること。わかった?」
「いや、でも」
「……ふーん、俺は別に24時間由人に付きっきりになってもいいんだよ? なんなら部屋も移動する?」
俺の部屋に、とにっこりと笑うはじめに背筋が凍った。
「そもそも俺と一緒にいると目立つし折角できた友達もびっくりするから学校では近づくなって言って聞かなかったのはどこの誰だよ。何そんな目立つようなやつ連れて嫌がらせとかされてんの。バカなの? 由人そこまで頭回んなくなった? 自分が言ってることとやってることが矛盾してんのわかってる? なんのために幼馴染である俺とも距離とって生活してると思ってんの?」
その分夏休みとかの休暇中は四六時中一緒に居るだろうが、と思いはしたけれど口には出さない。いい加減宮野と冬吾を解放してやりたかったし何より俺が解放されたかった。つかれた。きょうは厄日だ。
「わ、わかった。連絡する。絶対連絡するから」
「………約束だよ?」
必死にこくこくと頷くと、いくらか纏う空気が柔らかくなったはじめがため息をついた。
「まぁ、靴箱とかは朝の巡視の時に注意するリストに入れておくし、由人のクラスの風紀委員にも声かけておくから、今までみたいなことは多分なくなると思うよ。……ただ、当分一人で行動したりするのは禁止。わかった?」
最後の条件に不満は感じつつも頷くと、信じてなさそうな目をしたはじめに「もしも守らずに面倒事おこしたら、即俺の部屋に引っ越しと24時間の監視な」なんて言われたから、もう一度「守ります」と声に出して約束した。
ぽかんとしてる宮野と冬吾を連れて風紀室を後にしたのは、それからまた小一時間してからの話。
本当に、今日は厄日だ。
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