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episode7
「……何か食べたいものある?」
風紀委員のところに行く前よりも、おそらく機嫌が悪くなっている冬吾に恐る恐る声をかける。……あれだけの時間付き合わされたらそれは機嫌も悪くなるだろう。ごめんなさい。
夕食はできるだけ冬吾のリクエストに答えようと思って聞いたけれど、不満気な目で一瞥されて「スパニッシュオムレツ」と一言呟かれた。
「え?」
「スパニッシュオムレツ。食べたい」
「スパニッシュオムレツ…ってなんだっけ?」
「パイ生地ないキッシュみたいなのでじゃがいもとかはいってるやつ」
「……………あぁ」
なんとなく思い当たって冷蔵庫の中身を振り返るも、卵が足りない気がする。というか冬吾、卵料理が好きなのかな。
「ちょっと卵足りないから買いに行ってくる…というか、俺それ作ったことないから作り方わかんないんだけど……」
「クックパッドでも何でも見りゃいいじゃん」
なんという庶民的な。そしてなんと横暴な。
「というか買い物行くなら俺も行く」
「は? なんで?」
「さっきあんだけ一人で行動すんなって言われたの忘れた?」
「……あー」
いや、でもスーパーなんて寮出て直ぐだし。正直一人でも行けると思う。
しかし冬吾はそうは思っていないらしく、もうすでに玄関で待機していた。準備のよろしいことで。
結局二人で買い物に行って、特に何事もなく帰ってきた。何にしてもはじめは心配のしすぎなのだ。
「えーっと……」
言われた通りネットで改めてレシピを見てみると、わりと簡単そうで安心する。
結構遅くなったしさっさと作ろうとキッチンに立ったら、まだなんとなく不満気な様子の冬吾が隣に立った。
「……なに?」
「今日は俺がつくったげる」
「は?!冬吾料理できるの?」
「できないなんて言った覚えはないけど」
確かに俺もできるのか聞いた覚えもないわ。
それでもなんとなく騙された気がしていると、隣に立つ冬吾が「ごめんね」と謝るのが聞こえた。
「ほんと、冬吾も料理できるなら毎回俺が作る必要なかったじゃ…」
「じゃなくて。嫌がらせのこととか」
…………ん?
もしかしてそれでずっと機嫌が悪そうだったの?
しゅんとしてる冬吾がかわいくてきゅんときてる位には俺はなんともないから、本当に気にする必要なんかないのに。変なとこ真面目というかなんと言うか。
「別に、冬吾が悪いわけじゃないじゃん」
「……いや、俺も悪いだろ」
「…きっかけの一つは……間接的には冬吾なのかもしれないけど、それでも一緒にいるのをやめなかったのは俺だし、俺自身の問題っていうか……そもそも本当にそんな大した事もされてないし。冬吾は絶対に悪くないし。とにかく冬吾に謝られるようなことじゃないよ」
純粋に思ったことを言うも、冬吾のしゅんとした様子はかわらない。
「でもそんなんで嫌がらせされて良い気はしないだろ。間接的にせよ俺が原因なのにはかわりないし、だからごめんって言ってんの」
確かに、冬吾が言ってることもわからなくはないけれど。
「…でも俺、別に冬吾に謝ってほしいとかないしなぁ……まぁとにかく大して気にしてないから冬吾も気にすんな」
ポンと肩を叩きながら「それより早く夕飯つくってよ」と言うと、なんだかいまいち納得してない顔で準備をはじめた。
ほんとに料理できるのか。できればそっちの方を謝ってほしいんだけど。
これからは分担制にしようと密かに思っていると、いつもの雰囲気に戻った冬吾が「俺は由人に謝ってほしいことがあるんだけど」と言った。………あやまってほしいこと?
「………なに?」
「嫌がらせされてたこと黙ってたろ?」
「いや、だって冬吾に言っても仕方ないと思って、」
「俺が聞いても隠そうとしたし」
「それは、」
「俺、変に隠し事されるの嫌い」
誰かによく似た笑顔でにっこりと微笑まれて、渋々「…ごめん」と謝った。綺麗な人の笑ってない笑顔って本当に怖い。
「…これから何かされたらまず報告な」
「は?! 冬吾にも…?」
「というかこれからは基本俺と一緒に行動すること」
「えー、それってある意味逆効果なんじゃ」
「なんか文句ある?」
「…………ないです」
文句なんか言わせない雰囲気のくせに。
やっと満足そうに笑った顔は相変わらずかわいいけれど、なんとなくはじめが連想されてぞわぞわする。
俺の周りには過保護な心配性が集まりやすいのだろうか。……俺ってそんなに頼りないかな。
「できた!」
「おー、ほんとにできてる。おいしそう」
「料理ができる男子は需要ある時代だからなー」
「……それで料理できるの?」
「いや、家出てからは友達というかモデル仲間とルームシェアしてたから。そこで覚えた」
「なるほど」
ほんとアクティブだよな。
冬吾が作ってくれた夕飯はどれも本当においしくて、正直俺が作るより冬吾が作ったほうが良い気がした。
……もっと機嫌が良さそうな時にでも提案してみよう。
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