100人が本棚に入れています
本棚に追加
episode8
「……どっか行くの?」
休日なのに朝早くから身仕度を整えている冬吾に声をかける。まだ朝の8時前。
「んー? 美容室とかいろいろ。服も買いたいし」
「……へー」
一応ここも都内ではあるけれど、都心までは片道2時間はかかる東京と言っていいのかわからない程の田舎だ。その不便さもあって、休日といっても外出する生徒は案外少なかったりする。
実際、ちょっとした近所に外出するよりも、学園内の方がいろいろ充実していたりもするし。
「由人も来る?」
「いかない」
「即答だな」
「めんどくさい」
「……色々おもしろい店とか案内するよ?」
俺の出てるイベントに来たこともあるってことは、由人も服とか好きなんだろ? なんて言う冬吾には悪いけど、きっと冬吾が思っている程ではない。
冬吾を介して確かに多少服を好きになりはしたけれど、それもネットで買うので十分だったりする。なんていうか、店員さんが話しかけてきたりするのとかすごく苦手。
「……行かない」
「行こ。なんか一緒に行く気分になった」
「えー」
「モデル仲間も紹介するし」
「別にいらない」
「女の子も」
「…………行こうかな」
「わかりやすく現金なやつだな」
冬吾の知り合いの女の子とか絶対可愛いに決まってる。いや女の子なら誰でも嬉しかったりもするけれど。健全な高校時代を男子校で過ごしてるんだからそこは仕方ないごめんなさい。
「……着替えてくる」
「おー」
とりあえず部屋に戻って適当に場所に合いそうな服を選ぶ。どうせ冬吾が行くところなんておしゃれな人しかいないんだろうし。
冬吾もよく雑誌で着ていたブランドのTシャツに、黒のスキニーデニム。
「おー、そのTシャツかわいい。似合ってる」
「……ありがと」
「でも由人飾りっ気ないんだな。ちょっと待ってて、なんか貸す」
「は? いいよ別に」
俺の話なんて聞くわけもない冬吾が、部屋からシンプルだけどゴツめのネックレスを持ってきて勝手に俺の首にかける。重い。
「よし。髪もいじろーぜ。こっちきて」
ずるずる洗面所にひっぱられて、よくわからないものを髪にぐしゃぐしゃつけられた。
どっから出してきたのかヘアアイロン? …なんかくるくるするやつに俺の髪の毛を巻きつけていく。
「ちょ、なにすんの!」
「ほんと由人髪の毛やらかいよなー。巻いてもすぐとれそう。ってか動くなって。火傷するぞー」
「やだ! 似合わない!」
「ゆる~く毛先巻いてるだけだから。絶対似合う」
「やーめーろー」
気付いたら、それこそ冬吾が載っていた雑誌にいる人たちみたいな髪型になっていた。
なんというか、女子力高いというか器用なのか、冬吾は。
「ほらかっこいい」
「………すごいな、あんな短時間でこんな」
「男の子なんてなー、ちょっと頑張れば誰だって雰囲気イケメン程度にはなれんだよ」
「それって暗に俺がせいぜい雰囲気イケメン程度だって言ってる?」
「…………由人はどっちかというと愛嬌がある系というか、な」
「あーもーほんとイケメン黙れ。ばくはつしろ」
全然心のこもってない「ごめんごめん」を笑いながら言う冬吾を睨みながら、とりあえず出かける準備をすすめた。
首は重いし小綺麗に整えられた髪の毛に少しそわそわするけれど、こういうのもいいかもなって少し思ったりもした。
俺ってもしかしなくても影響されやすいのかも。
「え゛っ、待って由人。もしかしてそれで行く気?」
「……うん」
「合わないだろそれはー」
「でもスニーカーこれしかないし…」
「確かにスニーカーだとは思うけど……ちょっと待ってて、俺の出すから」
「! いい! これでいい!」
「そんなので隣歩かれるの嫌だ」
そもそも俺が付いていきたいだなんて言った覚えはないのだけれど。その言い草はなんだ。
「はい。どーぞ」
冬吾が出してくれたスニーカーは確かにかっこいい。だけど、なんていうか、明らかに問題がひとつ。
「? なにしてんの? 早く履きなよ」
これあんま履いてないからきれいだぜー。なんて急かす冬吾に負けて、恐る恐る履いてはみるけれど、やっぱりというかなんというか。
「…………でかい」
「……由人、靴のサイズいくつ?」
「…………………23.5」
というか、隣に並んでいる俺の靴と比べてみれば一目瞭然だ。
これだから毎日毎日靴を靴箱から出し入れしていたけれど、その努力もこの瞬間に水の泡となった。
「……っ、かわいー……」
堪えきれないといった感じで笑う冬吾を一発蹴って、履き直した自分の靴で部屋を出た。
「俺が美容室終わったら、まずは靴探そうなー」
物凄く楽しそうな冬吾はとりあえずばくはつすればいいと思った。
最初のコメントを投稿しよう!