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「いやね、もう。どのくらい前から話を聞いていたの?」
詩織がさっきよりも高い声を出す。密かに美佐が顔を顰めたのを、わたしは見ていないふりをした。
美佐の顰め面に気付くことなく、詩織は席を立って涼助の方に歩いていった。
「忘れ物取りに来たら、誰もいないはずの教室からコソコソ話し声が聞こえたから、何話してんだろって聞き耳立てちまった。わりぃ」
「マナー違反よ、女子の内緒話を聞くなんて」
「女子って本当に恋愛話好きだな。安心しろよ、ほとんど聞いてねぇから」
白い歯を見せて涼助が爽やかに笑う。
同い年の男子になんて興味がないなどと言っておきながら、詩織が涼助の眩しい笑みに見惚れているのがわかった。
家が近所で幼なじみの涼助は、小学校の時からもてる。
小学校の頃は身長が小さくて目がぱっちりした愛らしい元気な仔犬のようだと、同い年の子はもちろん、年上の女子にも人気だった。
中学になってからはぐんと背が伸びて、可愛い系の男子からかっこいい男子に変身して下級生から上級生に学年を問わず人気だ。
アーモンド形の目、さらりとした黒髪。悔しいけど、涼助はかっこよくなった。
「涼助クン、さっきの七晩参りの話は聞いてたんでしょ?」
美佐が涼助と詩織の間に割り込みながら尋ねた。今度は詩織むっとした顔になる。
普段はとても仲がいい二人なのに、男子が間に入った途端に不穏な雰囲気になるのを見ているのは、あまり愉快な気分ではなかった。
男の友情は固いけど、女の友情なんて男の前じゃ脆いのよ。
いつか詩織がそう言っていた。
その時はそんなはずない、女の友情だって固いと心の中で否定したけど、詩織の言っていたことの方が正しいかもしれない。
「聞いてたぜ。七晩参りって知ってるってお前が聞いた辺りから話を聞いてたんだ」
「そっか。それで、どうして夕奈が夜の学校に一人で行くなんてムリなの?」
「そりゃ世良はお化けがこ……」
「ちょっと、涼助!」
「なんだよ、世良」
「いいから、ちょっと出て!」
涼助の広い背中を押して、呆気にとられる三人を残して教室の外に出た。
廊下に二人きりだということを確認してから、涼助をじろりと睨み上げた。
「そう怖い顔で見るなよ、夕奈。チャーミングな猫目が台無しだぞ。近所のどら猫みたいな顔になってるぜ」
「どら猫でけっこう。前にも言ったと思うけど、わたしがお化けが怖いってことは内緒だってば。もう、何回も同じこと言わせないで!」
「ああ、それで怒ってんのか。わりぃ、つい。助け舟のつもりだったんだぜ。お前だって、深夜に一人で学校に来るのは嫌だろ?」
「嫌だけど、それ以上に弱虫って思われたくない」
「まあ、十四歳にもなってお化けが怖いってのはやばいよな。あ、お前はまだ誕生日きてないから十三歳だな」
「そんなことどうでもいいし。とにかく、余計なこと言わないで」
「小学校の肝試しで怖くて泣いて、俺に手を引かれてゴールまで歩いたこととか?」
小学校二年生の時の地区の夏の夕涼み会のことを思いだして、全身が熱くなった。
涼助の言う通り、わたしはたかが地域の大人が用意したお寺をぐるりと一周する肝試しで、大失態を犯した。
場の空気に呑まれ、恐怖に囚われて動けなくなった上に半泣きになってしまったのだ。
結局、涼助にしがみついてなんとかゴールした。あれは一生の恥だ。
「言わないでってば、わたしの人生最大の汚点なんだから。誰かに喋ったりしたら、一生許さないから。覚えておいてよ」
「一生か。それもありかもな」
不敵に涼助が笑って見せた。その意味が分からず、わたしは首を傾げる。
そんなわたしの頭を涼助が乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。
「もう、ぐしゃぐしゃになるからやめて」
「いいじゃねえか。相変わらず柔らかくてサラサラした毛だな。ちょっと毛が長い猫を撫でてるみたいだ」
「褒めてんの、それ」
「褒めてる褒めてる」
二人っきりで喋るのはなんだか久しぶりだ。
中学になってから涼助と学校で喋る機会はぐんと減った。昔は毎日のように口喧嘩したり、軽い叩き合いや追っかけっこをしたりしていたのに、今はそんな昔が懐かしい。
男女の仲を意識し、先輩後輩の上下関係が厳しくなり、同級生同士でも格付けし合う。それが大人に近付くことらしい。
小学校の時みたいに感情を剥き出しにして周囲の人間と接する人はほとんどいない。みんな大なり小なり周囲の人間に合わせている。
わたしは自分の気持ちに嘘を吐きたくないし、くだらない上下関係なんてくそくらえだと思う。
だけど、わたしも気付けば他人に流されてしまっている。先輩やクラスメイトに少し媚びるような態度をとっていることがある。
これははたして成長なのか、退化なのか。わからないけど、少なくとも中学校という社会には必要な行為のようだ。
何も考えていなさそうな涼助もそうだ。
二人きりの時は昔みたいにわたしのことを夕奈と名前で呼ぶけど、みんなの前では世良と呼ぶ。
女子の多くを敵に回さずに済んでいるからありがたいが、少しだけ寂しい。彼がどんどん遠のいている。昔は少し手を伸ばせば届く距離だった。
でも、日ごとにわたしと彼の間にできた溝は深まり、そのうち溝が大河に変わる気がした。
「どうしたんだよ、夕奈」
物思いにふけってぼんやりとしてしまったようだ。涼助が不思議そうな顔で覗き込んでくる。
顔が近い。整った男前に魅力を感じてしまい、慌てて顔を背けた。
「なんでもない。早く教室に戻らないと、変に思われるから」
我ながら可愛げのない態度だと思いながら、涼助に背を向けて教室に戻る。彼も後をついてきた。
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