第二話 愛の花

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◇二話 愛の花◇ 『ママへ  いつもありがとう!  だいすき!  ずっと、ずーっといっしょだよ!』 『はいけい、ママ  わたしはママみたいに  やさしい人になりたいです。  あと、だいすきです』  ずっと昔に書いた素直な気持ちたち。  あの手紙はもうどこにあるのか分からない。 ◇◆◇ 「今日は重大な発表があります!」  蝉の声が鳴り響く中、空の溌剌とした声が詩音と翼の脳に一直線に伝わった。  空の自信満々に溢れた笑みを見て、詩音は嫌な予感を察知、翼はため息をついた。  梅雨が明け、季節は太陽が鬱陶しいくらい照りつける夏。金曜日の学校帰り、放課後の時間だというのに日差しは衰えることなく照らし続け、熱気が詩音たちを苦しめる。  ただでさえ暑くてやる気が出ないのに、空の発表を聞くのは精神的にきつい。なんせ、空の考えは突飛なものばかり。  この前はヒーロー活動の一環として幼稚園児の為に沢山の蝉を捕まえる羽目になった。  今でも虫かごいっぱいに入った蝉たちの阿鼻叫喚を忘れられない。  そう、あの雨が降り続いていた梅雨の季節。空がヒーローを再び目指し始めたあの日以降、こうして空を筆頭に、翼と詩音の三人は週に一、二回ほど秘密基地である神社に集まってヒーロー活動をするようになった。  ヒーロー活動といってもやることは特に決まっていない。自称リーダーである空が勝手に企画し、詩音と翼を巻き込んでいるのがお決まりだった。 「姉ちゃん、今度は何をやらかすの?」 「内容によっては私やらないから、つーくんと詩音ちゃんの二人でやってね〜」 「えっ、うそだろ」  などと騒ぎ立てていたら、わざとらしく空がゴホンと大きな咳をついてもう一度言う。 「今日は重大な発表があります!」 「え〜と、はい。何の発表ですか?」 「よくぞ聞いてくれた! 我が弟よ!」  無理やり言わせた感はあるが、空は気にせず話をする。 「今回はある人を助けたいと思います!」 「「ある人?」」 「うん、ある人」  今までの活動と比べるとヒーローらしいことをやるような気がするが、助けるとはいったい? 「おれの時みたいにいじめられている奴を助けるってこと?」 「ううん、違う。あたしが助けたいのはこの手紙を書いた人」  そう言って空はスクールバッグから大事そうに手紙を数枚取り出した。 「あっ……。それって……」  その手紙たちを見て、詩音は何かに気づいたよう。 「前に話したっけ? あたしが中学でいじめられていた時、支えてくれた人がいたって」  聞いた。だからこそ、空がこれから話すことに察しがついて顔がこわばる。 「あたしはね、この手紙で支えられてたの。頑張る勇気をもらっていたの。この手紙を読んで、私も頑張らなきゃって思うことができたんだ」  中学時代、いじめられていた空。  ヒーローを諦めたものの、彼女が完全に折れることなく卒業までいれたのはこの手紙だった。  詩音は空の許可を取り、その中の一つを開けて読み始める。  翼は詩音ほど手紙に興味を持たず、空に問いかける。 「……それで、姉ちゃんはこの手紙を書いた人を助けたいって言ってるけど、どうやって助けるの?」 「分からない。まだ、どうやって助けるか決めてない! そのための作戦会議!」 「うん、まあ、姉ちゃんのことだからそんなことだろうとは思ってた。でも、その人から頑張る勇気をもらってたんなら、助ける必要ってあるの?」  翼の疑問は当然のことだ。なんせ空は中学の時いじめられていた事実を弟である翼に悟られることなく耐えた。その耐える強さを与えた手紙の主なのだから、よほどの人格者か何かなのだろう。わざわざ空たちが助ける必要はあるのだろうか? 「その人が似た境遇だったから、空ちゃんは救われたんでしょ?」  翼の疑問に答えたのは詩音だった。  詩音は先ほど手にしていた手紙を翼と空に見せて、自分が得た情報を口にする。 「まだ一つしか読んでないけど、この人もいじめられていたみたいだね」  なるほど。と、翼は納得がいった。  手紙の主もいじめられていた存在なら、その上頑張って乗り越えた人であるのなら一層、自分も頑張ろうと勇気をもらえる。  現に、翼自身だって、いじめを耐え抜いた空がいたから自身のいじめも我慢しようと思っていた。  でも、我慢していたということは、何かを諦めてしまったこともある。  空にとってのヒーローであるように。  手紙の主が諦めてしまったものを、空は助けたいのだろうか? 「でもさ、この手紙、分からないことだらけなんだよねー」  手を口元において詩音は考える姿勢を示す。反対の手に持つのは先ほどの手紙の封筒。花柄が印象的な可愛らしい便箋だ。 「だってこの手紙の日付を見ると私たちが中学一年生の時のもの。あの時の空ちゃんなら、こんな手紙見たらすぐにヒーローとして助けに行くでしょー」  それは詩音がヒーローとしての空に絶対的な信頼を寄せていないと出てこない言葉。  手紙の日付からみて、詩音と空が中学一年生の秋頃に書かれたものだとわかる。まだ、空がヒーローであった頃だ。 「空ちゃん、この手紙とその送り主について説明してほしいな」 「もちろん。でも、その前にあたしのおばあちゃんについても知ってもらうね」 「おばあちゃん? つーくんと、空ちゃんの?」  新たに話題に出てきた人物に詩音は首をかしげる。  空は詩音の言葉を肯定し、説明を始めた。 「あたしのおばあちゃんは、あたしにヒーローを教えてくれたカッコいい人で、あの手紙を出会わせてくれた恩人でもあるんだ」 「そう、姉ちゃんにヒーローを教えた、空気の読めない、妄想癖のホラ吹き婆さん」  空は意気揚々と晴れやかに。翼は苦々しく憂鬱げに祖母について話した。
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