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◇◆◇
空は学校の中庭で一人、思い悩んでいた。
いつもはクラスメイトと教室でご飯を食べるが、それどころではなかった。
思い切って出した手紙、それが断られてしまった。しかも今後一切手紙を書かないと。数少ない僅かな繋がりがなくなってしまったのだ。どうする手立てもない。
それだけではない。今まで一緒に付き合ってくれた詩音が離れてしまったのだ。このまま何もしなければきっと完全に詩音は離れ、手遅れになってしまう。
「う~ん、どうしよ~」
バタンと芝生に仰向けで倒れこむ。太陽の光は木々の葉っぱによって遮られているが、風で葉がこすれ合うとときおり光が零れる。
その時だ、人影が現れ、太陽の光をシャットアウトした。
「一ノ瀬さん、こんなところで何をしているの?」
落ち着きのある息遣い、目に飛び込むはご丁寧なまでに校則に従った制服を着こなす華奢な体。声の主は普段は会話することのない、けど小学生の頃からの顔見知り。たしか、名前は……
「一華ちゃん……?」
編み込みしたセミロングのハーフアップ。長いまつげで縁どられた大きな瞳。そして、詩音の飼っているハナを彷彿とさせる夜を写しこんだかのような夜闇のような黒。
才色兼備と言われている目の前の麗人、東条一華はどこか冷めた目で空を見下ろしている。
「もう小学生ではないから下の名前ではなく、東条と名字で呼んでください」
「え~まじめだな~トージョーさん。それより珍しいね、あたしに話しかけるなんて」
一華は空と同じく小学、中学ともに地元の学校に通い、そのまま偶然進学先も同じになった数少ない知り合い。しかし、所詮はただの知り合い。同じ高校に通ったものの面と向かって話した機会は今までなかった。
何より、一華は進学に力を入れ、県内ではトップの偏差値を誇る特進クラス。一般クラスの下の下である学力の空とは雲泥の差。医者である親の後を継ぐため、幼い頃から英才教育を受けていたとも聞いている。実際に小学生、中学生の頃は学年トップの成績を維持していたこともあり、空は別世界の住民と思っていた。
だから、そんな一華に声をかけられている事実に空は驚く。
「たしかに、普段は話かけないけど……気になることがあったから」
「気になること?」
「ヒーローを目指し始めたとは本当なの?」
そこで、空はなぜ一華に声をかけられたのか納得した。同じく小学校、中学校に通っていたから空のヒーロー活動や、いじめられていたことも知っていたのだろう。だから、今ごろなぜヒーローと騒ぎ始めたのか気になったといったところか。
「うん、そうだよ。また、ヒーローやってる」
つい数ヶ月ほど前まではヒーローをやっていたなんて口が裂けても言わなかったのに、今はこうして胸を張って断言できるのが、誇らしく思う。
ヒーローをもう一度目指すと決めて学校でもヒーローと騒ぐようになった時は、最初はクラスの友人に驚かれはしたものの気付けば自然と受け入れられていた。むしろ、好印象すら受けている気がする。部活動を引退して暇になったり、受験勉強のストレスを抱えたクラスメイト達にとって、空の変化と奇行ぶりはちょうどいい刺激で、息抜きになったのだろう。
「ふーん、どうして今頃になって?」
「ん~まあ、弟と和解したりとか色々あって!」
「だいぶ説明端折ったでしょ……。何言いたいのか結局よく分からないんだけど」
「でもさぁ、今ちょっと手こずっているんだよねぇ……ヒーロー活動に」
「ちょっと、わたしの話聞いてる?」
やらなくてはいけないことはあるけど、何をどうすればいいのか答えを見つけられないでいた。空は深く考えずロケットのように突っ走る。だから、解決策とか考えるのに向いていない。
「…………」
「ねえ、黙って見つめてくるのやめてほしいんだけど」
しかし、どうだろうか? 今、空の目の前にいるのは特進クラスの秀才だ。考えるのが得意そうではないか。
「トージョーさんってさあ、頭めっちゃいいよね。一位とか毎回とってたよね?」
「フン! 今は一位じゃないけどね」
「じゃあ、今は一位じゃなくなってドンマイだけど、頭良かったよね?」
「それはそれで喧嘩売っているの?」
まあまあ……と言って空は一華をたしなめる。なぜか相手の癪に障ったようだが、このまま勢いで押し切ってうやむやにしよう。空は話を本命へと変える。
「それでさ、せっかくだからさ、あたしの相談に乗って欲しいんだよ。ヒーロー活動終了のピンチなんだ」
相談は建前で、実際は誰かに今のモヤモヤを聞いてほしいのが本音ではある。しかし、まあ、あわよくば秀才からの良い解決策も聞き出せたら……と思っているのも事実である。
一華も頼られるのは悪くないらしく、まんざらでもない表情で空の隣に座る。
「せっかくヒーローに戻ったっていうのに、またやめるの?」
「あたしはやめるつもりはないよ。ただ、助けたい人に会うことを拒否られちゃって……。それだけじゃなくて、一緒にヒーロー活動していた仲間も離れちゃいそうなの!」
「一緒にヒーロー活動する物好きもいるのね……。それで、結局、あなたは何をやりたいの?」
一華の真っ黒な、夜の瞳が空を捉える。
「何をって……?」
その夜の色に空は飲み込まれそうになるのを耐えながら、見つめ返す。
「その助けたい人を助けたいの? それとも仲間と一緒に居続けたいの? まず優先したいことはどっち? 大切なのはどっち? 優先順位を決めて一個ずつ問題を潰していかなくちゃ」
あくまでも合理的に効率的に。一華は教科書の問題文を解くように、解答すべき順番を空に問う。
「優先すべき順番って……」
なかなか言葉にしない、できない空に一華はため息をつく。どうやら途中式を加えた方がいいらしい。
「では、聞き方を変えるわ。まず、助けたい人ってあなたにとってどんな人?」
「ヒーローをやめてしまって、頑張ることができなくなったあたしに頑張る勇気をくれた人」
「何で助けたいの?」
「その人は亡くなったお母さんが忘れられなくて、前に進む勇気を持てないでいるの。だから、助けたいの」
「今解決しないといけないの?」
「たった一つの連絡手段の手紙が途切れちゃった。だから、今すぐにでも会う方法を見つけなくちゃ本当に会えなくなっちゃう」
ただでさえ連絡手段が手紙で、拒否されたのなら会うのは絶望的なのではないだろうか? そうは思いつつも一華はもう一つの途中式を展開してみる。
「じゃあ、一緒にヒーロー活動している仲間はどんな人?」
「相棒! ほら、戦隊もののヒーローで言う、レッドの隣でサポートしてくれるブルーみたいなの!」
「なんで一緒にいたいの?」
「背中を預けられる仲間だから! 一緒にいれば安心してあたしは突っ走れるの!」
意気揚々と語る空に一華は羨ましさを覚える。そんなに真っ直ぐに仲間といえる相手がいて、眩しくて目が眩んでしまいそうだ。今の一華にはもういない。
「……はあ、もう解ったわ」
現実性、重要性、これからのヒーロー活動を空が求めるなら、今の話を聞いて一華は答えを見つける。
前者はひっかけ問題。解決できそうにないから不必要な問題だろう。それに対して後者はまだ解決できるし、今後のヒーローとしての空を考えるなら答えは簡単。
「本当!? でも、話をしてるうちにあたしも分かっちゃった!」
答えを口にする前にどうやら空も見つけたらしい。
「そうなの? それは良かったわね。じゃあ、自分が何をするべきか分かったでしょう?」
一華の問いかけに自信満々に空は頷く。太陽を遮る雲なんてなくて、沢山の光で空を照らす。
「うん! あたしは仲間と一緒に助けが必要な人を助けたい、勇気を与え続けたい。これがあたしのやりたいこと! だから、なんとかする!」
その答えは非合理的で非効率的。計算式を解くにはあまりにも横柄なやり方。しかし、これは教科書の問題ではない。何よりも、空はヒーローである。
優先順位なんて関係ない。困難なんて関係ない。やりたいことがあるなら、何をすればいいのか単純明白、自分のやりたいことを信じてやればいいだけの話だ。
「うんうん、よく考えてみると、そうだね。あたしには深く考えることは向いてない! だから、あたしにはあたしのできることを全力でやっていくよ!」
などとお気楽そうに、でもしっかりとした意思を持って話すのだからきっとこれでいいのだろう。一華にとっては正解でなくとも、空にとってはそれが正義なのだ。
やはり、小学生の頃から一華は空を理解できない。
「本当……今のあなたを見てると小学校の頃を思い出すわね」
「小学生の頃?」
「周りの目とか意見とかを気にせず、自分の直感に従っていくところとかよ。仲の良かった友人に噂はかねがね聞いていたからね」
仲の良かった友人という言葉で空は思い出す。一華は詩音との交友があったことを。
空は詩音と幼稚園の頃からの付き合いで、放課後はよく翼を加えた三人で遊んでいたが、学校内ではあまり一緒にいることはなかった。学校内では空も詩音もその年のクラスメイトたちと適当につるんでいた。だけど、詩音は高学年になって特定のクラスメイトと常に一緒にいるようになった。それが、一華だった。
今の今まですっかり忘れていたが、よくよく考えたら面白い話である。何せ、最近再会した幼馴染の友人と話し、相談までしていたのだ。
詩音と久しぶりに再会して、翼と向き合って、ヒーローをまた目指し始めて、手紙で自分を支えてくれた彩夢に会おうとして……あの頃を振り返り、前に進むことによって、交流がなかった一華とも今はこうして話す機会ができたのは不思議だった。
そういえば、詩音はまだ一華と連絡を取り合っているのだろうか? どっちにしても一華と話したという事実を無性に詩音に伝えたかった。
たぶん、それが顔に出ていたのだろう。眉間にしわを寄せ、一華は空を問い詰める。
「一ノ瀬さん、変な顔をしているけど、わたしをバカにしているの?」
「そんなことないよ、トージョーさん。ただ、詩音にトージョーさんと話したってことを伝えたら、どんな反応をするかな~って」
「詩音」と空が言葉にしたとき、一華は眼を見開いてぎゅっと胸元を握った。
「なんで、そこで詩音の名前が出てくるのよ……? 突然いなくなった子の名前を出すなんておかしいんじゃない?」
詩音は何も言わずに小学校を卒業した後、空や一華たちとは別の中学校にいってしまった。当時、詩音は携帯などの連絡手段も持っていなかったため、それこそ詩音の行方を知る者はいなかったのかもしれない。
たぶん、一華の反応を見るに、彼女も今まで知らなかったのだろう。
「ヒーロー活動を再開したって言ったじゃん? それはね、偶然詩音と再会したのもきっかけの一つだったんだ。たぶん、小学生の頃、詩音から聞いたと思うけど、詩音とも一緒にヒーローしてたんだよ。んで、やめそうになってる仲間ってのがまさに詩音なんだよ~」
「…………」
「そうだ! トージョーさん、せっかくだからフレンド登録しよう! ほら、もうそろそろで夏休みじゃん? せっかくだから夏休み、詩音と一緒に遊ぼうよ! きっと詩音だって喜ぶよ!」
はたから見ても詩音と一華は仲が良かった。だから、また会えたらとっても嬉しいはず。
だって、空も今は詩音と再び会うことができて良かったと心から思っている。色あせてしまったはずの過去の忘れ物が、もう一度力強く光を放って息づいているのだから。
いまだに茫然としている一華のスマホを少々強引にとってメッセージのフレンド登録をする。
「トージョーさん、相談にのってくれてありがとうね! あたし、頑張るよ! 頑張って詩音と一緒に手紙の人に勇気を与えてくるよ!」
昼休み終了の予鈴が鳴る。空は立ち上がり、決意をあらたにする。
「それが無事に終わったら連絡するね! 詩音も誘って遊びに行こう!」
そして約束をしよう。約束があれば離れていたってまた会える。
今は途切れてしまいそうな約束を繋ぎ止めるため、空は真っ直ぐに走り始めた。
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