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◇◆◇
ここ最近はいつも以上にボーとする時間が増えた。
詩音は桜の面影をなくし新緑の葉を着飾る木々を眺めながら、昼ごはんを食べ始めようとしていた。
あまり気力が起きないのだ。
これは人の活力が減るという季節特有の五月病にかかっているのだろう…….と、やる気のなさを勝手に病のせいして詩音はコンビニのパンを一口食べた。
「あっ、詩音またコンビニのパン〜。体に悪いからちゃんとしたもの食べなよ〜」
真樹が椅子を詩音の机の真向かいに運び、座る。ちょうど机を挟んで詩音の正面の位置。いつもの昼ごはんの時のスタイルだ。
真樹は詩音のコンビニのパンとは違い、机の上に置いたのは手の込んだ弁当。野菜を使って見事な彩りを加え、冷凍食品も使っている気配がない。
詩音とは雲泥の差である。
「だって毎日準備するの大変なんだもーん。しょうがないじゃん」
「それは言い訳にならないからね。あたしだってお母さん仕事で忙しいから、昼ごはんは自分で用意してるし」
確かに言い訳の余地がない。
コンビニの新発売である抹茶クリームと柑橘系のジャムがふんだんに使用された奇抜なパンを頬張りながら、詩音は別の言い訳を考える。
「てか、そのパンって美味しいの?」
「うーん……。まあまあかな」
斬新な組み合わせだが、詩音のお目にかかるほどではなかった。
「いっつもコンビニの食べ物買うときは変わったのしか買わないよね? 定番のものとかないの?」
「ないねー。だって今まであったのが突然無くなったり、変わったりするの嫌じゃん」
「まあ、確かに。そういう執着心がなくってマイペースなところ猫みたいだよね」
「そう! 猫!」
言い訳は思いの外早く見つかった。
詩音のやる気が無いのも、弁当を作るのが大変だと感じてしまうのは、そう、猫のせいだ。
「一ヶ月くらい前に猫を飼い始めるようになったって言ってたじゃん。私が最近、コンビニパンなのも猫のせいなの!」
そう、結局、あの黒猫を飼うことになったのだ。
最後の砦である父は怒ることも、驚くこともなく、ただ仕方がないとでも言うような声で了承した。
父が許可したからには飼うしかない。
詩音は腹をくくり、面倒をみることを決意したが、問題はそこから。
言い出しっぺである兄が全くもって猫のお世話をしないのだ。
餌やり、猫用のトイレの掃除、猫が散らかす部屋の片付け……。
面倒ごとは結局詩音が全てやっている。
兄がやることといえば、猫と戯れて一緒に部屋を散らかすことぐらい。
正直、飼う前以上に仕事が増えストレスが溜まる。
やる気が出ないのも、弁当を作る余裕が無いのもきっとそのせいだろう。
「あははは! 災難だね〜、詩音。でも、いいじゃん、お兄さん、イケメンなんでしょ?」
「イケメンだからといって何でも許されるわけじゃない。それに大学生になってからはより一層うざくなってきた」
「手厳しいね〜。でも、猫を飼うのは満更でもなさそうだけど」
「そうかなー?」
否定も肯定もしない。
自分でも猫に対する感情が分からないからだ。
この嫌悪感は猫からくるものではなく、兄からくるもの。
でも、だからといって猫にたっぷりの愛情を込められるほど愛しているわけではない。
いたらいたでいいし、いなかったらいなかったでいい。
それ以上でもそれ以下でもない。
義務に近いものだろう。
「そういえば、名前なんていうの?」
「ん? 何の?」
「そりゃ、猫の名前に決まっているでしょ」
猫の名前。はてと詩音は首をかしげる。あらためて聞かれてみると、自分は猫の名前を知らない気がする。
兄は猫を何と呼んでいたのか思い出そうにも出てこない。
そもそも、名前なんてものはまだ決めてなかったような……。
「分かんない」
「は? じゃあ、普段は何て言ってんの?」
「猫……」
「えぇ……まじ?」
とりあえず猫の名前を保留ということで、昼休みは終わり、授業を受ける。
念のため名前がすでにあるかもしれないから、メッセージで兄に尋ねておいた。
でも、名前をつけるとしたらどんなのがいいだろうか?
ぼんやりとそんなことを考えながらノートに名前の候補を書き記しておく。しかし、案として出てくるのは代わり映えしないありきたりなものだけ。自身の発想力のなさにため息をつく。
兄ならば突飛な案を出すかもしれない。それが、たとえセンスのないトンチンカンな名前だとしても。
などと、考えを巡らせていると、お約束なのだろうか、また授業中にスマートフォンが震えた。
前回の反省としてマナーモードにし、スカートのポケットに入れておいたが、失敗した。
太ももにスマートフォンの振動がダイレクトに伝わり、その突然の襲撃に心臓が飛び出るんではないかと動揺する。
思わずその動揺が表に表れる。
両膝が思い切り上がり、そのまま机にゴツン。いい音を立てて、机も浮かび上がる。
痛さで膝を下げるも、今度は派手に机が倒れる。
無論、こんなに騒げば、周りの視線を集めるわけで、
「詩音さん、授業は静かに受けてください」
「……すみません」
三年生になって二回目のお叱りを受ける羽目になった。
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