FACT 01

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「室長って、やっぱりキレモノって感じなんですか?」  丸井先輩が尋ねると、課長はうなずいた。直属の上司じゃないからよく知らないけれど、確か、駐在先のシンガポールから戻ってきたばかりだとか何だとか、そんな話を聞いたような気がする。 「上からいろいろ言われないように、うちの部長にも話を通しといてくれるってさ。さすが、話が早いよ。あと、カネのこと、事前にはっきり言ってもらえると助かるよな」 「ですねえ」  玉子焼きをもぐもぐしながら春菜が相槌を打つと、課長がこっちを見た。 「ですねえ、じゃねえよ。他人事みたいに言うな。小鳥遊、お前がメーン担当なんだからな、しっかりやれよ。橘室長も、お前のこと面白がって──いや、期待だった、そうそう、お前には期待してるらしいから」 「──んぐ」  玉子焼きがのどにつかえそうになった。もしかして、わたしに期待してるって言いましたか? 何かいろいろ変な言葉も聞こえた気はしましたが、それはそれとして。 「なぜ?」  春菜は首をかしげた。頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。  企画室長というのは、ただの管理職ではない。役職は部長級だが、社内での扱いは一般の部長よりも上、経営陣に限りなく近い人だ。どんなおっさんなのか顔さえ知らないのに、何ゆえに一般人のわたしに期待? 「さあ? 俺に聞くなよ」  高倉課長は笑いを含んだ声で言い、自分の机の上にファイルをばさっと置いた。それから、どっかりと席に座って、愛妻弁当を広げた。  机の上に飾られている奥様──なかなかの美人だ──の写真に向かって、でれっとした顔で「いただきます」と手を合わせる。  写真に手を合わせるのは、一般的にやめた方がいい気がするけれど、面と向かって課長に指摘する勇気も義理もない。
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