1277人が本棚に入れています
本棚に追加
「そんなに目をウルウルさせなくてもいいって。いいか、例えば、お前がバナナの皮で滑って転んだとしても、採用不採用には、ほぼ影響ない」
「は?」
思わず、低い声が出てしまった。
白石さんが「バナナ」とつぶやき、小声で「2014年のイグ・ノーベル賞は秀逸でしたねえ」と言った。この人はこの人で変わった人なのかもしれないという疑いが、ちょっとだけ頭をもたげた。
高倉課長は、妙なコメントには気がつかないふりで続けた。
「コンペって競争のことだろ? 何の競争か分かるか?」
「企画です」
高倉課長がニヤリとした。
「正確には『提案』だ。うちの社が何ができるかって提案。提案書、事前に出しただろ? 向こうだって少しでもいい案を採りたいんだよ。だから、事前に読んでるし、不明点は質疑応答できっちり確認される」
「そうなんですか?」
「逆に言えばな、その場でどんなにうまく演説をぶっても、提案自体が悪けりゃ落ちる。ポイントと利点は分かりやすく説明しろ。でも、過剰にアピールする必要はない。アドリブも必要ない」
高倉課長は、にっと笑ってつけ加えた。
「まあ、本当にバナナで滑って転んだら『まともな担当に替えてくれ』とは言われるだろうけどな」
「大丈夫、バナナは白ネギほど滑りませんから」と、白石さんがよく分からない言葉をかけてくれた。斜め上過ぎてよく分からないが、きっと落ち着かせようとしてくれているのだろうと理解する。
エレベーターが到着し、ドアが開いた。
「ほら、乗れよ。勝つぞ。質疑応答は俺がフォローしてやる。安心して行け」
最初のコメントを投稿しよう!