FACT 01

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 彼の手元にあるのは、スマホでもパソコンでもなく単行本だ。椅子の背に軽くもたれるようにして、ページに目を落としている。軽く分けた前髪の間から、形のいい額がのぞいていた。 ──ん? かっこいい?  ちらっと思ったが、じろじろ見るのも失礼というものだ。  春菜は「ワタシは何も考えてませんよー」「見てませんよー」というふりで、目をそらした。それから、壁際に作りつけられた木製の椅子に腰を下ろし「ふう」と息をはいた。 ──さて、ホットチョコレートです。ふふふ。  頭の中で「ホットチョコレート、ふわっふわのマシュマロ~♪ 五個がさいこー、超さいこー♪」という例の歌が再び流れ出す。  早速オーダーしようと、サチエさん──何度も言うが本名ではない──を探して目を上げたら、ちょうどカウンターの内側から出てきたところだった。細身の身体に、いつものシンプルなカフェエプロンが似合っている。  その時、サチエさんが手に載せた銀色のトレーから、ふわっと、濃厚な何かが香った。 「お待たせいたしました。ホットチョコレートです」 ──!!  春菜の目の前で、サチエさんは、彼のテーブルにアイボリーのマグカップをそっと置いた。そのフチから、白いマシュマロがのぞいている。  思わず凝視してしまった。カップの上に若干不自然に盛り上がっているマシュマロ──。 ──ぞ、増量してる!  この店のホットチョコレートに入っているマシュマロは、普通は三個。ただし、お願いすればカスタマイズしてくれる。そして、この人のカップには、盛り上がり加減からして、マシュマロが、たぶん五個、入っているとみた。 ──ご、五個。  ドキドキしてきた。まさしく、今日わたしがいただこうと思っていたものを、なぜこの人が──?
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