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横目でちらちらと様子をうかがう春菜から三つ離れた席で、彼は、手にしていた本をそっと閉じ、テーブルの端に置いた。それから、左手でスプーンを手に取った。
その姿に、一瞬、ホットチョコレートを忘れてしまった。
彼の横顔は文句のつけようがない端正さで、適当に整えただけの髪もご愛敬だ。
バランスがいい肩幅と骨格、無駄のない体形が、スーツの上からでも見て取れる。足元が何となく窮屈そうに見えてしまうのは、きっと背が高いからだろう。
テーブルの上に置かれた水のグラスさえもが小道具みたいに洒落て見えて、雑誌の一ページじゃあるまいし、と思う。
二人掛けのテーブルの向かい側の椅子には、革製の茶色いビジネスバッグが置かれている。
スーツの仕立てがやけによさそうに見えるのは、品物がいいからなのか、着ている人がいいからなのか分からないけれど、いずれにしても、いかにも「ハイクラスなビジネスパーソン」感をそこはかとなく醸し出している。
――あ、「サラリーマン」とか「ビジネスマン」とかじゃなくて、「ビジネスパーソン」ね。ここ、大事です。
相手に気づかれないように、ちらちらと横目でうかがいつつ、春菜は、誰に対してだか分からないセリフを心の中でつぶやいた。
「ご注文は、お決まりですか?」
サチエさんに尋ねられて我に返った。ちょっとだけ呆然としてしまっていたらしい。
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