さいはての花

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さいはての花

 装甲車の車輪が廻る。枯れた大地をこすりながら。見渡す限りの荒野には、てんてんと銀色の機械が蠢いている。土色の車輪を廻し、錆びた身体を軋ませて。 「ああ、退屈」  セボはそう言って、黄色い大地を蹴り上げた。砂埃だけが舞い、だがほのかに青臭さが鼻先に追った。セボの座るそのちいさな一角だけ、青々とした若葉が芽吹いている。その緑地の真ん中には、車輪のない機械が半分地面に埋まり傾いたまま佇んでいた。風化した身体はどこも赤く変色し、周囲をくまなく見渡す視覚センサーには泥がこびりついている。ここを動くことも叶わず、なにを見ることも叶わぬ身体からは、相反し金属を擦り合わせるような音声だけが流れた。 「そんな概念あなたにはないでしょう」  無機質なその声に、セボはふっくらとした頬を膨らませて見せた。 「言ってみたかったんだよ。良いだろう」  そう言って遥かを見据えるセボの頬は、皮がめくれ内部が露わになっている。そこからは喋るたびにきしきしと微かな音が鳴っている。 「僕の主人はいつでも、退屈、退屈、退屈────」  セボはそう言うと、ふと思い出したようにまるい硝子玉の瞳を瞬かせた。 「ねえミニィ。退屈って、どう言うことかな」  キィキィと軋んだ音を立て、ミニィは頭部を不自由に左右に動かしている。 「人間は飽きてしまう。生活に、生きる事そのものに」  ふうん、と唸りながら、セボは銀色の骨組みが剥き出しになった指でミニィの汚れた身体の泥を軽く払った。 「だから新たなものを生み出せるんじゃない」 「なるほど」  それも一理あると納得したミニィから視線を逸らし、セボは大きく伸びをした。 「退屈だなあ」 「何か新しいものを生み出したいのですか」  顎先に手をやり、セボは小さく首を捻る。 「どうだろうか。新しいものとは何だろう。ここにはもう学ぶものはない。毎日同じ繰り返し。風が吹いて、太陽が大地を焼いて、そして夜が冷たく降り注ぐ」  ふ、と空を見上げた飴色の硝子玉が随分と遠退いた太陽を仰ぐ。 「でも最近また雨が降り始めたね」  忙しなくミニィに視線を戻したセボは、弾んだ声を上げた。 「ミニィ、足元をご覧、花が咲いた」  ミニィが埋めこまれた緑地には、言う通り小さな花が咲いていた。白い花弁は薄く、乾いた風に煽られ揺れている。セボはその小さな花を指先で撫で、そっと頬を持ち上げた。 「いつかまた人類が生まれるかも知れないね」 「それは遠い未来ですね」  平気だよ、とセボは笑った。 「僕たちは永遠だから」  セボは再び遥かを見据えた。  装甲車の車輪が廻る。枯れた大地をこすりながら。見渡す限りの荒野には、てんてんと銀色の機械が蠢いている。土色の車輪を廻し、錆びた身体を軋ませて。 「ああ、退屈」  蹴り上げた足が黄色い砂埃を巻き上げる。 「そんな概念あなたにはないでしょう」  無機質な声に、セボはふっくらとした頬を膨らませて見せた。 了
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