聖聖の思い出

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聖聖の思い出

これは、とある男子高で教鞭を取っていた時の話である。4人のグループに分かれて「○○の日」について考えるというグループワークを実施していた。「母の日」、「子どもの日」、「建国記念の日」等と書かれた「○○の日」カードを各々のグループに配布し、配られたカード各々に記載された「○○の日」について20分後に代表者が意見をまとめて発表しろという課題だ。 そのうちの1つに「父の日」について議論しているグループがあった。そのグループから関係のなさそうな話が聞こえてきたので、私は様子を見に行くことにしたのだ。 「おまえら、真面目にやっているのか?関係ない話が聞こえてくるが?」 生徒達は悪びれもせず真面目にやっていると主張する。一番声が大きい不良のような外見のAという生徒がいやらしい笑みを浮かべて話を続ける。 「真面目にやっているぜ!ホーリー先生!だからよ、俺は何回も言っているぜ。この日はエロを考える日だって!乳の日なのだから!」 私は唖然として言葉を失った。理知的な印象のあるBという生徒がAに反論する。 「Aの頭は煩悩で満ちているな。僕は乳の日は乳製品を愛する日だと思うよ。そんな公序良俗に反するような日があったらおかしいだろ?」 「Bよ、乳と聞いて乳製品をすぐに思い浮かべるか?まず思い浮かぶのは、おっぱいだろ?」 「それは、Aの頭の中がエロでいっぱいだからだ!エロの日なら、もっと卑猥な言葉でないとしっくりこないだろ?」 「だから乳の日ってオブラートに包んで表現しているのだろ?」 Bと私は同時にため息をつく。言うまでもなく2人のため息は全く異なる意味合いを持つ。 Bは黙っていたCに問いかける。 「C、おまえなら理解できるよな?」 「どっちも違うと思いますよ?」 私はCの発言を聞いて安心感を抱いた。Cは学級委員長で私のいうことも素直に聞いてくれる。みんなのやりたがらない仕事も率先して引き受けてくれる特別優秀な生徒だ。今時の子供はこれほどまでに常識外れになってしまったのかと思ったが、この2人が非常識なだけだったのだろうと。 「嘘だろ?じゃあ、Cの意見はA派、それともB派?」 私は『どちら寄りでもないだろ!』と心中毒づく。基本的に議論を止めない方針であるが、本当は声を大にして指摘したかった。 「うーん、どちらかと言えば、A派ですね?」 Cの発言を聞いた私は一抹の不安を抱いた。 「だって、乳の日って、母の日の別名ですよね?乳は女性の胸部を示している訳ですから、A君のおっぱい案とB君の乳製品案で比較したら、おっぱい案の方が正解に近いと思います。」 私はCの発言で再び絶望感に引きずり込まれた。例えると勇者が魔王と最後の戦いをしている時に、かつて背中合わせで修羅場を乗り越えた味方が応援に駆けつけてくれたと思ったら背中から攻撃を受けた時のような思いだ。 「母の日なんてあるの?知らなかったぜ!」 「知っておけよ!母の日くらい!」 「まあ、A君もB君も正解を知らなかったのだから大差ないと思いますよ。」 『C、それは君もだ!』私は心の中で指摘する。 彼らの主張を聞いた私は、木曜日に終電まで残業してしまい金曜日に早出があるサラリーマンが木曜日の夜に感じるような酷い疲れを感じた。さすがに指摘しようと思っていると、Dという生徒が小声で指摘した。 「それは父親を敬う日だよ。」 「D、何か言ったか?」 「ごめん、何も言っていないよ。」 Dの発言を私は聞き逃さなかった。しかし、日ごろから教室で発言をするようなタイプではないDはこれ以上何かを言うつもりはないようだ。 結局、そのまま発表と相成った。発表のタイミングで生徒から指摘が出ると私は思った。恥ずかしい思いをすれば、覚えるだろうと私は考え、あえて訂正させずに発表させた。しかし、驚いたことにクラスで誰一人としてその間違えを指摘しようとしないのだ。 授業の終わりに講評として私が、乳の日ではなく父の日が正解であると説明をしたが、私の話をまともに聞く生徒はいなかった。 「父の日と書いてあるカードを配布しているのに、何故乳の日と勝手に読み替える?」 「いや、ホーリー先生がミスプリントしたと思って!」 私は正解を伝えることを諦めた。 男しかいない世界でエロの話で盛り上がったから悪ノリで誰も指摘しないのだろうと私は思うことにした。みんな分かったうえでふざけていると信じることにした。
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