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叩けば壊れる
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「いつかの君に、言ってやればよかったと思う事があるんですよ」
学校の屋上にある、大きなフェンスの内と外。縁に腰掛けた君が言う。
「死ぬならその前に、君の首を僕にくれませんかって」
「……きっとその頃も今も、返事は変わりませんよ」
お断りです、というと君は、んふふ、とさも愉快そうに笑った。その笑い方も、変わらない。
かつての私たちは正反対の位置にいた。けれどそれは、過去の話だ。
今は立ち位置が入れ替わったところで、そのベクトルが歪まないことをお互いに理解している。そのなす角、2分のπ。交わらない訳でも、逆方向に進んでいるわけでなく、ただ歩むほどに離れていくだけだ。それを知っていたから、少しだけ立ち止まっていた頃のこと。
「直角ですね。まさに東奔「南」走」
「現代文のミニテストの話はやめていただきたい」
初めて君に敵意を覚えた私の致命的なミスを、彼は懐かしむように笑う。文系の君と理系の私では、4ヵ月後の未来も相容れる事はない。きっといつか、そんな奴もいたなと懐かしむ時が来るのだろう。そうやって私たちは、過去になる。それでいい。君はずっと、私の中の英雄だから。
フェンスを軽々とよじ登って戻って来るように、彼はいともたやすく、何もかも乗り越えてやってくる。その気軽さと、首から上の奇抜さに何度も助けられた。死にたがりだった私の手を引いて、校舎に入る。
「あれ?飛び降りるんじゃなかったんですか? 」
「まさか。僕は自殺するなら首つりって決めてるんです」
「リビングかキッチン、選ばせてあげますよ」
「では、ぜひお風呂場でお願いします」
他愛ないやりとりまで愛しくなるのは全部、君のおかげなんだ。
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