弱れども変化

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1 「それって付き合ってるんじゃないの?」 「いや、そういうわけでは……」  大学のカフェテリアは、昼休みになるとかなり混雑する。今日は5限が休講のため、私たちは時間をずらしてゆっくりと遅めのお昼ご飯をとっていた。私が馴染みづらいと思っていた、いわゆるギャルっぽい女の子のハナちゃんは、電球の彼についてやたらと聞きたがってきた。私は彼の頭が異様だということはなんとなく隠して、彼女の興味津々な質問に少しだけ嬉しくなって、あれこれ話している。 「彼氏じゃないなら、なんでそんなに尽くしてくれるわけ?下心くらいあんじゃない?」 「そんなタイプじゃないよ、スグルは」 「えええ、ちょっと信じらんない」  その話し方は、まだ少し慣れなくて委縮しがちだが言いたいことを裏表無くはっきり言ってくれる、彼女の性格は好きだ。スグルを、というより男ってやつは、と少し見下し気味に語るものの、彼女にそう言わせる経験があるのかも、と、少し馬鹿にするような言葉に反論できないままなんとなく曖昧に相槌を打つ。 「でもさぁ、彼氏でもないのにそんなに甘えて大丈夫なわけ?」 「えっ」 「だってそのスグルって人に、メリットなんてないじゃん?お礼もほしがらないとか、なんか怖くない?」 「……そういう気遣いが上手なんだよ」 「アカリって絶対詐欺とかに騙されそうだよねえ!」  大声で笑うハナちゃんに、人が少ないとはいえ迷惑だよ、と口元に人差し指を当てる。  けれどそういえば、私から電話をかけることも多ければ、話している時も私が一方的に近況を語ることが多い。彼の最近はどんな様子だったっけ。彼から話してくれたことは、何かあったっけ。思い出せなくて、ひゅっと心に冷たいものが通る。 「じゃあさ、アカリから電話かけないでみたら?寂しいとかあったらかけてくれるっしょ」 「え、と」 「何、スグルくんに電話しないとなんかまずいわけ?」 「……私、心配性だからさ。なんでもすぐにスグルに相談して」 「それって依存じゃん?気を付けないとメンヘラっぽいよ、アカリ」  ケラケラと笑うハナちゃんに、いっそう血の気が引いていく。ひょっとして、迷惑だったのか。そういえばスグルは、ちょっと忙しいので、とか言って電話を切ったりは決してしない。いつまでも私の話を聞いてくれている。過保護な彼は、いつまでも私を突き放せないで、困ってしまっているのではないか。  彼はそんな風に、繊細な気遣いをするタイプではない。けれどいやいや、あの過保護な態度はひょっとして。そんな考えがぐるぐると巡る。ついには食事は喉も通らなくなり、レポートをやる予定だった午後は早めにアパートへと帰った。ベッドの中で、端末にある着信履歴とリダイヤルを交互に眺める。圧倒的に私からかけている回数の方が多くて、きりきりと心臓が痛くなる。  どうして電話をかけてくれないんだろう、どうして私ばっかりかけて。拗ねた気持ちがこじれて、攻撃的になる。いつから、こんなに頼りきりになっていたのだろう。  心細くても、誰かに頼れる環境なんて無かったから一人でも平気だったんだ。頼ってもいいんだ、弱い心を晒していいんだなんて、人に頼る心地よさを知ってしまった私は、無遠慮にも彼に甘えすぎていたのかもしれない。一人暮らしをして、ちょっと自立できた気になって、私は自分の拠り所を母親から彼に変えただけなのかもしれない。耳の奥がきん、と痛くなって、泣いてしまいそうだった。  今日は、電話をかけるのをやめておこう。別に大した用事もないし、いつもかけるのは迷惑かもしれない。向こうだって一人暮らしも大学生活もあるから。もし何かあれば、向こうからかけてくれるだろうし、なんなら約束だってしてるわけではないし。  言い訳ばかりが募って、ダイヤルマークをタップできない。依存、の言葉がよぎって、耐え切れず私は音楽のボリュームを上げる。嫌なやつだ、私は。弱くなってしまったんだ。あの時みたいに、こんな私を助けてくれよ、マイヒーロー。  心の中で願った自嘲気味な言葉は私の首を絞めた。
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