弱れども変化

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3  日曜日はいよいよ憂鬱だった。彼女が案内した先は、普通の人ならまずはよりつかない、おっかない人たちがたむろするようなバーだった。バーといってもカクテルが出てきそうな小洒落た雰囲気のお店ではなく、申し訳程度のカウンターテーブルの上に、ピアスの多いお兄さんたちがどっかり座っているような、今すぐ逃げ出したい店構えのバーだ。  ハナちゃんがカウンターの椅子に腰かけて、ピアスだらけのお姉さんたちと楽しそうに話し出す。私は入り口に立ち尽くしたまま、どこに行けばいいかもわからずおろおろしてしまった。ハナちゃんの友達なら、そんな悪い印象を持ってしまったら悪いかなと、おそるおそる店の中へと足を踏み入れる。  ハナちゃんは私を指さして、彼女らに私を紹介する。ゆるく手を振られたので、私も小さく手を振ってみる。なんだかものすごく笑われているような気がしたので、少し離れたソファに私は腰かけた。ハナちゃんは、とても楽しそうだ。 「珍しいね~君みたいな子がこんなところ来るなんて」 「ハナちゃんに、誘われて……」 「あいつたまに強引なところあるよな~、でも君も自分の意思くらい持たなきゃダメだぜ?」  大き目のソファの背もたれから、金髪のお兄さんに声を掛けられる。腕に見える刺青のようなものが、薄暗い店内の明かりではわからないのが一層怖い。自分の意思くらい、と言われて、また見えないところが痛くなってくる。 「アカリちゃん、だっけ?かわいいねえ、大学生?お酒飲む?」 「いえ、まだ、未成年なので」 「まじめだね~、でも親の言うことばっかり聞いてても不健康だよ~?」 「親ではなく法律ですけど」  何がおかしいのか、ゲラゲラと高笑いをされた。耳元での声がうるさくて思わず耳をふさぐ。その手をとって、お兄さんは私に何かを握らせた。白くて小さな、錠剤だった。 「これは?」 「ダイエットのお薬。アカリちゃんこういうの気にするお年頃じゃない?効果テキメンだよ」 「……危ないお薬なのでは」 「大丈夫だって、みんなやってるし大したやつじゃないからさ~。アカリちゃん可愛いしサービスしたげるね」  話についていけなくて、体中から警報が鳴り響くような心地だった。一刻も早くここからでなければと、立ち上がった瞬間に腕を掴まれ、ポケットからちらつかせていた注射器の針を目の前に見せられる。服の袖を捲られ、ひゅ、っと喉が鳴って、一気に全身の血が引いていく。 「は~い、ちくっとしますよお」 「……やめ、」  ニタリと笑ってこちらを見る目は、見覚えがあった。人の反応を楽しんで、からかうやつの目だ。人の迷惑とかそんなことはお構いなしに、ただ楽しそうだからやる。中学くらいにクラスメイトによくいたなあ。そんな程度のことすら卒業もできずに、よくもまあ。  相手が自分にたてつかないと知っているからできるその目めがけて、私は反対の手を振りかぶった。すぱあん、っと小気味のいい音が響いて、店内が静まり返った。 「ってえなこのクソガキ」 「そのクソガキも、自分の意思くらい持っているんですよ」 「……あ!?」 「貴方のような馬鹿になる気はありませんので。失礼します」  はっきりと、目を見て威嚇するように。堂々としていれば、怯まないと分かればそれ以上首を突っ込んでこない。ああいうやつらは、手こずる相手にはどうしたらいいかわからないから。  さっさと店を出て、大きな通りに出たところでまた誰かに腕を掴まれる。驚いて振り返ると、ぜいぜいと息を切らしたハナちゃんがいた。 「アカリっ……急に、どう、したの」 「迷惑を被りそうになったので、帰らせてもらいます」 「なんで?あいつらそんなに悪い奴らじゃないよ」 「私が迷惑だと思うのは、いけないことですか?」 「……なに、その喋り方。ひょっとしてスグルくんの影響?気味悪いよ、アカリ」  急に出てきたスグルの名前に、私は眉間に皺を寄せる。どうやったって、私は彼に助けてもらわなきゃいけないらしい。口調と、もらった勇気もそのままに、私は彼女に向き合う。 「彼を、馬鹿にしないでください」 「私は彼に、馬鹿にしたような言葉を言われたりしたことはありませんし」 ……いや、あるか。東奔「南」走もしばらくいじられたりしたわ。 「私の気持ちを捻じ曲げられたこともありません」 「いつだって私の気持ちを大事にしてくれました」 「あなたがたのように人を煽って、変な事させるような人じゃないんです」 「自分の身は自分で守らなきゃいけないみたいですね。ここに私の味方はいないと、よくわかりましたので、失礼します」  腕を振り払って、私はハナちゃんを置いて信号を渡る。ハナちゃんは、今度は追ってはこなかった。いよいよ一人ぼっちになってしまうなあと、少しすっきりとした心地で私は、電車の中でずっと泣くのを堪えていた。最寄り駅につくまで、電車に揺られながら必死に滲んでくる涙を拭い続けていた。
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