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夜通し話してみれば、それはそれはすっきりとした朝を迎えた。実家から離れて、少しはまともになったつもりでいて、それでも植え付けられた価値観がなかなか変えられないでいた。他人のものさしに頼るのはほどほどにしよう。寝る前に彼とそんな約束をした。大丈夫、勇気ならもう十分にもらった。
十分頭と目元を冷やしてから、午後からの講義にだらだらと向かう。いつも隣目がけて時間ギリギリに走ってくる、ハナちゃんの姿が今日は見当たらなかった。昨日あんなことを言って、今日になってどんな顔をすればいいのか悩んでいたので、ほんの少しだけ胸を撫で下ろす。眠気を誘う講義が終わった後で、私は後ろから大きく名前を呼ばれた。
「アカリっ!」
「……ハナちゃん、……どうしたの、その顔」
いつも綺麗にメイクされている、健康的な小麦の肌には大きなガーゼが当てられていた。それすら間に合ってない目元は少し腫れている。痛々しいその傷跡に私はぎょっとして彼女に歩み寄る。
「アカリ、本当にごめんね……昨日、あいつらに問い詰めたら、アカリにひどいことしたって聞いて」
「ハナちゃん、」
「あたしの友達に何すんだって、ぶん殴ったら殴り返された。最低だよね、女殴るとか」
「……」
「……でも、あたしはアカリにもっとひどい目に合わせちゃったんだって。どうしよう、取り返しのつかないことしたかもって」
「ハナちゃん」
「あいつの鼻思いっきりぶん殴っといたからね!こんなことで許してもらえるなんて思ってないけど、あたし、謝りもせずに終わりになんてしたくなくて」
「……ハナちゃん」
「ほんとに、ごめんね。あたしのこと嫌いになってもいいよ。ほんと、怖かったよね、味方になれなくて、ごめんね」
ものすごく申し訳なさそうにするハナちゃんに、私がスグルに不安を抱いたように、ハナちゃんにも初めから、何か壁を作っていたんだと思い知らされた。偏見とか、そういうもので初めから自分で距離を置いてたくせに、こんなにも心を痛めているハナちゃんを見て、私の方が申し訳なさでいっぱいになる。
「……私ね、正直いうと、ハナちゃんってすごく悪い子なんじゃないかなって、ビビッてたの」
「ええ……?あたし、全然そんなことないよ?」
「人のレポート悪びれもなく写す、不良だって思ってたの」
「そりゃあ、だってあたし、ほんとにバカだから、頭悪いレポ出すくらいなら賢いアカリの写して出した方がましかなって……」
そっか。ハナちゃんも理由を抱えてたんだ。そりゃそうか、ハナちゃんも同じくらい生きてきた人間だもんね。育ちが違うから考え方が違うだけで、うん、たぶん私の目が濁ってただけなんだ。
「よかったら、レポの書き方とか教えるからさ。一緒に頑張ろうよ。その方が私は嬉しい」
「ほんとに?私本気でバカだよ?中学の頃から先生にもバカにされたくらいでさ」
「……高校の時、腕のいい現代文の先生がいたんだ。任せてよ」
ハナちゃんが笑ってようやく、私ももやもやが晴れた。大事な人の力になりたいなあなんて、クサいことを願った。昔から、泣くのは私が弱いからだと思っていた。でも、私は弱いままでいることをよしとしていたから泣いていただけだった。強くなりたいな、と思う。いつか、大事な人の頭を奪っていった、悪い魔女と戦えるくらいには。
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