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6/3 アサミ  この前、リューゲルに氷砂糖をあげてみました。あれって、見た目がなんだか綺麗でしょう? まるで宝石を食べる龍みたいだなって思ったんだけど、リューゲルが食べる姿は、本当に綺麗でした。  そうかと思えば、昆布にも食らいつくので、まったく、謎の多い生き物です。  近頃では、わたしたちの誰かが名前を呼べば、リューゲルは「きゅーん」と鳴いて答えてくれるようになりましたね。他の生徒たちの声に一切反応しないから、きっと、わたし達をちゃんと認識しているのでしょう。  実は、朝早く登校して、ちょっとした実験をしました。掃除をぱっぱと終わらせた後、わたしはリューゲルに絵本を読み聞かせたのです。先生が来たら、朗読ボランティアの練習だと言い訳するつもりで。  リューゲルはどんどん言葉を理解していきました。楽しい場面ではくるくると宙を旋回し、悲しい場面ではわたしの腕に絡みついて頬ずりするのです。  ああ、この子は言葉の意味だけではなく、わたしの感情も理解しているのだと嬉しくなりました。楽しい場面では明るく、悲しい場面では暗い気持ちでと、読みながら感情移入することもあれば、どうしても納得がいかない場面では、声にもそれが出てしまいます。そんな理不尽なハッピーエンドでいいのか、というときですね。  そういう時、リューゲルはじいっとわたしの顔を覗き込み、小首をかしげます。 「めでたしめでたし、て言うけど、本当にそう思ってないでしょう?」  つぶらな瞳がそう問いかけているように見えます。その証拠に、納得がいくバットエンドでは、そんな事しないからです。  わたしは絵本を読むのを止め、自分の気持ちを正直にリューゲルに話してみました。  マユちゃんやミキちゃんがそうしてくれたように、リューゲルは、わたしの悲しい気持ちに共感し、腕に絡みついてきます。  小学校で勉強を頑張ってきたこと。褒められたこと。この学校に合格したこと。ミキちゃんとマユちゃんに出会えたことは、嬉しいことです。  有名私立の、初等部から通っている生徒たちからの嫌がらせ。学年1位を理由に嫌がらせを受けていること。同じように、中等部から入学してきたミキちゃんとマユちゃんが受けている理不尽な扱いは、悲しいことです。  リューゲルは、すべてを理解してくれました。話しながら泣いてしまったわたしの涙を、そっとぬぐってくれました。  ふかふかの綺麗な毛並みを濡らしながら、頬ずりしてくれるなんて、優しい生き物です。 6/7 ミキ  マユちゃんがああなっちゃったから、順番が変わりました。  学校だと話せないし、うち、長電話も禁止されているから、ここで書いちゃうね。こういうとき、交換日記やっててよかったよ。  あのね、華さんの練習着が破られて、米さんのヘアバンドが盗まれたの。そのヘアバンドが出てきたのが、華さんの机の中。米さんのヘアバンドってのが、MIE達も認めるほどの代物でさ。有名ブランドの限定品なうえに、米さんなりにカスタマイズしてたのよ。つまり、世界に1つしかない物なのよね。  マユちゃんが言うのには、体育が終わって教室に戻った途端、米さんが「ヘアバンドがない!」て騒ぎ出したんだって。それで、マユちゃんに探すように命令したの。  マユちゃんは、米さんが通ったところを探し回って、それでも見つからなくって叱られたのよ。自分で無くした癖に、理不尽よね。  キーキー騒ぐ米さんの声、ずっと聞こえててうるさかったわ。静かになったと思ったら、今度は華さんの声がして、うちのクラス、何人かが野次馬に行ったわ。  なんと、華さんの練習着のレオタードが破かれていたの。何かで切ったみたいに。  それで彼女、マユちゃんを疑ったのよね。マユちゃんに何かされる心当たりがあるなら、日頃の行いを改めなさいって話よ。  もちろん、マユちゃんじゃないわ。体育だって一緒だったし、席も離れているし、華さんの持ち物を触れるはずないもの。  華さん、他にも自分の持ち物が壊されてないか確認しようと、片っ端から物を取り出したわ。バレエレッスンに必要なもの、学校のもの、ブラシとかの私物。そして、机の中の教科書を取り出した途端、中からヘアバンドが落ちてきた。米さんのね。  それで、2人の罵倒が始まったのよ。盗んだ盗んでない、切った切ってないってね。  最初は、華さんの方が優勢だったわ。だってほら、いつもべったりのテディさんがいるから。2対1よ。  いつものように、華さんを守る騎士気取りで、米さんをやりこめていった……んだけど、机は叩くし、米さんの胸倉をつかむしで、騎士っていうより、凶暴なチンピラって感じだったわね。態度がいかにも「反論したら殴る」て感じで、怖かった。  しかも、全然関係のないマユちゃんに「どっちの味方だよ!」なんて詰め寄ってさ。数を多くすれば、華さんがやったことを無しにできると思ったのかな。  マユちゃんは何も言わずに逃げ出したけど、それで正解だと思う。何を言っても、あの場では不利にしかならないもの。でも、その後「授業をさぼった」て理由で、マユちゃんだけ反省文書かされたのは、納得いかないな。ショックで熱も出しちゃうし。  わたし、あれはリューゲルがやったんだと思う。  だって、華さんの練習着の破け方、刃物で切った感じじゃなかったもの。小さな動物が、何度も何度も爪を立てたって感じ。  リューゲルがいたのは、マユちゃんのクラスの掃除ロッカーだったから、米さんや華さんが、マユちゃんにどんな事してたか、分かったんじゃないかな。  もし、リューゲルが見つかったら、ひどい目に遭うかもしれないよね。  今まで以上に慎重に、隠さなくちゃね。 6/10 マユ  ミキちゃん、アサミちゃん、心配してくれてありがとう。もう大丈夫です。  あの騒ぎの後、リューゲルは別の場所へ隠しました。というより、米さんのヘアバンドを探すふりをして、こっそり移動させたの。  今、雨が降ってムシムシしてきたから、空調が利いている図書準備室にいます。修繕中の本がたくさん置いてあるから、その隙間にすっぽりはまって隠れているの。  華さんと米さんのこともだけど、ミキちゃんの方で起こったことも、リューゲルの仕業だと思う。  だって、全部、ミキちゃんがいないときに起こったことだもんね。  図書準備室に移動してから、リューゲルはしきりにプールを気にしていました。泳ぎたいのかな? なんて、わたしは考えていたわ。  アサミちゃんの発案で、理科室で実験の予習をするふりをして、リューゲルをお水に入れてあげましたね。最初は怖がっていたけど、ミキちゃんが桶に手を入れて、 「大丈夫だよ。溺れても、助けてあげる」  と優しく言ったら、尻尾の先をちょんっと入れて、そこから徐々に体を水に漬けていきました。最初は顔を出していたけど、実は息継ぎなしでも泳げることが分かると、リューゲルは何度も何度も、桶の中をぐるぐる泳いだの。 「リューゲルは、いいなあ」 「なんとかして、一緒に練習できるといいわね」  アサミちゃんの言葉に、ミキちゃんは「うん」と頷いたわよね。わたしも、同じ気持ち。 「ねえ、リューゲル。もっと広いところで泳ぎたい?」  わたしの言葉に、リューゲルは水から顔を上げて、大きく体を伸ばして「きゅーん」と鳴いてくれたわ。その返事が、すごく嬉しかった。  そして、ミキちゃんと一緒に泳ぐリューゲルを想像してみたの。きっと、リューゲルはミキちゃんに合わせてくれるわ。溺れそうになったら、体を巻きつけて、上へ引っ張ってくれるわ。そんな気がしたの。  ミキちゃんの水着が隠された日。珍しくMIE達は水泳の授業に出ていたんだってね。わたしのクラスと合同だったから、一緒に探したのを覚えているよ。  わざわざ美術室の廊下に展示するなんて、ひどいよね。  肩に空いた画びょうの穴をどうしよう、なんて2人で相談しながらプールへ行ったら、騒がしくなってたね。MIEの内、IとEが溺れたって。  その日、リューゲルの体も濡れてたの。あの子ってば、カーテンに張り付いて、濡れた体を乾かしてたわ。  LちゃんとTちゃんが、 「IさんとEさんにまとわりつく、白い腕を見ました」  なんて言ってたけど、あれはきっと、リューゲルのことよ。水中でうごめくあの子、確かにちょっと女の人の腕っぽかったもの。  おまけに、Mの制服も更衣室で水浸しになってたわね。  ミキちゃんのクラス、今、『溺れ死んだ亡霊に憑りつかれた』て噂が流れているんだってね。憑りつかれているのがMIE達だから、みんなに避けられているのかな?  こっそり覗いたら、いつも中心にいる3人が、隅っこの方においやられてて、誰もそっちを見ないようにしてたよね。  またミキちゃんに意地悪するなら、リューゲルが出ていくかもね。
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