不敬

1/1
前へ
/26ページ
次へ

不敬

 キャンドルナイト。  自分が作ったろうそくの灯りに、こんな形で自分が送られることになる可能性もあるのだなんて、彼女は想像したことがあっただろうか。  溶けないように大切にしまってある小さなろうそくを、デスクの引き出しから取り出す。  わたしの卒業した学部をイメージして作られた、あのかつてのキャンドルナイトのときのそれは、わたしの手のひらからゆっくりと体温を吸い上げていく。  ――なつみの作ったものが「お守り」扱いされるようになるなんてね。  ――ふふ、ちょっとだけ神様になった気分。こんなこと言ったら不敬きわまりないかな。  ――まあ、いいんじゃない。神様もそのくらいはきっと笑って許してくれるよ。 「何が神様だよ……」  わたしの文句も恨み言も、もうどこにも届かない。  わたしを置いて逃げたあなたに、一言でいい、直接文句をぶつけてやりたかった。それがどれだけ身勝手な文句でも。「わたしだってあなたが好きだったんだ、ばーかばーか」とか、目の前で言ってやりたかった。「ラブラブな旦那と勝手に幸せになっちまえ。わたしだって負けないくらい幸せになってやるんだから」と言って思いきり笑いたかった。  落雷での火事からは逃れられたのに、逃れた先で、今度は炎に閉じ込められるなんて。  あなたはどれだけ火に愛されているのよ。  なつみの残していったろうそくを見つめて、わたしは泣いた。  デスクでひとり泣くわたしを、見て見ぬ振りをしてくれるこの職場の環境だけが、今は救いだった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加