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初恋
なつみと出会ったのは、今から十二年前だ。
わたしが通っていた大学のある街は、かなり自然の残る郊外にあった。
大学での初めての夏休み、所属していたサークルの企画した街興しのイベントとして、その街のはずれを流れるきれいな川で、小規模な灯籠流しを行うことになった。
その灯籠に入れる小さな和ろうそくを、街中の工房で作っていたのが、わたしより四つ年上のなつみだった。
彼女の手で、ひとつひとつ淡く彩色された小さなろうそくは、灯籠で覆ってしまうのが惜しくなるほどきれいで、サークルの先輩に連れられて、彼女の工房兼店舗に初めて訪れたとき、これはもう初恋ですかというくらいにわたしは、蝋燭はもちろんのこと、その店のすべてを好きになった。
もともとは古い酒屋だったというその店の、黒くつやつやとした木の肌の中にただよう、蝋や乾いた草花の香り。
磨りガラス越しにやわらかくならされた日差しが、初夏でも少しひんやりとしているその店の中を、ふんわりと包み込むように照らしている。
「こんにちは。暑い中、ご足労いただきまして」
そう言って、白い桐下駄をからころと鳴らしながら、店の奥から出てきた店主のなつみは、この店そのものだった。
小柄な体を包んでいるつやつやと光る肌、おだやかな佇まい、いつくしむように蝋に触れる白い手。小さな足の先を彩る、鮮やかな色の鼻緒。
初恋ですかというくらい、ではない。
それはもう、本物の初恋だった。
そのとき彼女には、結婚を約束した恋人がもう既にいたけれども。
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