見抜いていたかのように

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見抜いていたかのように

 その店が、ある日突然なくなった。  あの日は梅雨に入る直前の妙に気圧の不安定な日で、なつみの住む街は突然の豪雨に見舞われた。雨雲で真っ黒に染まった夕方の空からは、幾本もの紫色の雷が吐き出され、そのうちの一本が、彼女の近所の家に落ちた。  その貰い火で、昔ながらの長屋のように、細い路地に立ち並んでいた六軒が焼けた。そのうちの一軒がなつみとろうそくの家だった。  燃えた一角はそれでも路地の端の方にあったから、なんとか消防車も入ってこられて、それなりにスピーディーに消火活動が行われた。あれでもう少し、雷の落ちた場所が街中にずれていたら、今頃はこの一角どころか町内まるごと炭になっていたよ、と、数日後に納品予定だった灯籠流し用の小さな和ろうそく百本を入れた箱を抱えて、裸足でその火から逃げ切った目の前の友人は、わたしのパジャマを着て、淡々とグランデサイズのフラペチーノをすすっていた。 「いやー、灯籠流し用以外は、見事に商品が燃え尽きたからね。これでしばらく贅沢もできないからさ、お高いフラペチーノもいつ飲めるかと思っていたけど、持つべきものは近所の友達の豊かなお財布だ。すぐ飲めた。しかしおいしいね、この新メニュー」 「……フラペチーノくらいならいくらでもおごってあげるけど。これからどうすんの」 「うん。強制的に潮時ってやつなのかなと思って。これが」 「え?」  これでこの街を離れる決心がついた、とさらりと言った彼女の姿を、わたしはこの先ずっと忘れることはないのだろうなと、そのとき思った。 「ろうそくはさ、別にここでなくても作れるもん」  転勤する旦那さんについて、福岡へ居住を移す。  そう言った目の前の友人の言葉は、あまりに正しかった。 「ほんとう……?」 「本当」  ここじゃなくてもいいんだよ。  彼女は繰り返した。 「私にとっていちばん大切なのは、私のろうそくを作ること。その環境を守るためならどんなことだってする。福岡でも、ちゃんと作業するためのスペースは、実はもうきちんと確保できているんだ。旦那さんが全面的にサポートしてくれたから。ねえ、だからむしろ」  なつみは、ストローを取り出した後の紙袋を、丁寧に手元で伸ばしながら、一言ずつ区切るように言った。 「雷だよ? 誰も恨めないよ。うちも在庫のおかげでひときわよく燃えたし。別にここで作らなくても、できたものは送ればいいもの。  だってここには、私のろうそくの扱い方をいちばん心得ている人間がいるから」  そう言い切って、わたしを見つめたなつみの目は、真っ黒に光っていた。 「そうでしょ? 鈴香」  わたしは、ふと怖くなって視線をそらした。 「信じるから。ここにいて。私のろうそくの世話をして。そうしたら」  ガラスのテーブルの向こうから、彼女の真っ黒い目が、うつむくわたしの目元をそれでもじっと見ているのを感じた。 「私の幸せを祈れない、親友の心の狭さも許してあげる」  だから、あなたから逃げる私も許して。  なつみはそう言って、確かに笑った。   なつみのろうそくの知名度を全国区に押し上げた有名ミュージシャンのMV、そのご縁で、彼らのバンド結成二十五周年記念のイベント会場に展示される予定だった美しい蝋の彫刻。それを、ひそかに壊そうとしていたわたしの心を、完全に見抜いていたかのように。
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