猫の夢の味

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 トロ太は、見つかったときはまだ子猫だった。泥だらけで元の色も分からなくて、目は開いていたけれど真っ赤で明らかに良くない状態で。慌てて母親と一緒に獣医に連れて行ったのだ。毎日目薬をさしてふやかしたご飯を与えていた。同じ部屋で眠っても、不安で何度も起きてトロ太が生きていることを確認してしまった。まだ子供の樹だが自分の子供のように思っていた。  ミャッ  だから元気になったときに里親を捜そうという両親を引き留めた。ずっとトロ太と一緒にいたいと思ったのだ。  ミャッミャッ  そう、子猫のときはこんな変な鳴き声だったふわふわと柔らかい毛で、羽のように軽かった―― 「うわぁっ?」  顔に当たる毛に驚いて身体を起こす。気づくとそこは薄汚れた路地裏で、周りにトロ太と同じ柄の小さな猫が数匹いる。皆で夢中になって親猫の乳に吸い付いていた。 「え? え?」 「やっと起きたの?」  振り向くと青いポリバケツに座った杏子がいる。 「おはよう」 「ここは……」 「トロ太ちゃんの夢の中」  夢の中。疑わしいが、子猫を見ているとそうなのかもしれないと思った。現実のトロ太はもう成猫だ。  お腹が膨れたのか、子猫が親猫から離れる。わらわらと樹の足元に子猫が寄ってきた。見たこともないトロ太の兄弟たち。こんなにいたのか。 「キジトラちゃん可愛い~。君がトロ太ちゃんかな~?」 「いや、トロ太はこっちだよ」  尻尾の先や少しだけ曲がっていて白いのだ。持ち上げると樹にすり寄ってくる。 「へえ、意外。ちゃんと分かるんだ」 「分かる。僕はトロ太のお父さんなんだから」 「ふうん。じゃあパパ、行くわよ」  杏子がバケツから降りて歩き出す。下ろそうとしてもトロ太は樹から降りようとせず、くっついてきた。 「なあ柴倉、トロ太、置いて行ったほうがいいよね?」 「どっちでも。言ったでしょ、ここはその子の夢の中。現実とは違うのよ」  路地裏から出ると、家の近所の道だった。路地裏にいたときは気が付かなかったが、少し奇妙な世界だ。空は見慣れた水色であったり、茜色だったりまだらな部分がある。看板もぼやけていて読めない。トロ太の記憶の中の街並みなのだろうか。そう思うと、もう閉店した店らしき輪郭があったりする。 「おとうさん、猫の鳴き声がする!」  世界中に響くかのような大きな声が聞こえた。樹も杏子も咄嗟に空を見上げる。いつのまにか空が真っ黒になっている。慌てて周囲を見渡すと街並みは消えていて、天井の低い空間にいる…小人になってベッドの下に入ったらこんな感じだろうか。 「どういうことだよ…!?」 「夢は少しの刺激で変わるし、流れとか常識とかないのよ…。そもそもあたしとあんたが夢に入ってきた時点で刺激になってるから、多少の影響はでるのよ」 「あ、おとうさん! いた! 猫がいる!」  奥の光から人が覗き込んでいる。大きさで言えば完全に巨人だが、その人はとても見慣れた顔をしていた。小さい頃の樹だ。 「ここ、お父さんの車の下か」 「こっちにおいで! そこにいると危ないよ」  肩の上にいたトロ太がミャアミャアと鳴き始める。杏子が歩き始めたので慌ててそれについていった。 「人に、というか僕だけど、僕に見つかっても大丈夫なの?」 「この世界のものは人も猫も、建物もトロ太の夢の産物だから。見つかるとか、そういう問題じゃないの。それよりも早く夢魔を見つけてさっさといただくわよ」  車の外にいる樹はいつのまにか現れたトロ太を抱き上げる。自分の服で泥を拭い、真っ赤になった目を見つけると両親に病院に行こうと主張していた。心なしか樹の周囲がキラキラと光っていて、後光がさしているように見える。当時のトロ太からはこう見えていたということだろうか。 「…」  思い出と同じ光景だが、客観定に見ると少しうるっとしてしまう。そっと涙を拭おうと手を上げようとしたとき、隣にいた杏子が一歩前に出た。 「ちょっと! 夢魔、気付いてるんでしょう。獏が来たわよ! さっさと姿を現しなさい!」  驚きすぎて声がでない。人がしんみりしている時に何を言っているのだ。  トロ太を抱き上げて両親に話しかけている小さい頃の樹の動きが止まる。目を細めて地面にいる杏子を見下ろした。車の下にいたはずの杏子と樹はいつのまにか普段通りの大きさになっていた。 「あんたね、夢魔は…!」  杏子が何もないところに手を伸ばす。グッと何かを握るように手を動かすと、槍のようなものが握られていた。 「はぁぁぁあああ!」  槍を振りかぶり樹(小)に襲い掛かる。樹(小)に抱きかかえられていたトロ太がそれをかばうように前に出た。 「ハッ! 一緒にたたっ切ってあげる!」 「や、止めろ!」  夢中で杏子に飛びかかる。駄目かと思ったが、丁度手が腕にあたったようで槍は空を切った。そのまま杏子は動きを殺せずに前につんのめり、樹(小)改め夢魔はふわりと宙に浮いた。小さかったトロ太はその腕の中にいる。  そういえば、自分と一緒にいたトロ太はどこに行ったのだろうと思い辺りを見渡すと車のタイヤの裏に小さな影があった。良かった。無事だったらしい。 「ちょっとあんた! 何するのよ! 逃がしたでしょ!?」 「何するのよはこっちのセリフだ! 何が良いようにするだ! 殺そうとしてるじゃないか!」 「夢魔を倒せば、そのままトロ太ちゃんの症状もよくなるのよ! それに、言ったでしょ、ここは夢の世界。ここで怪我をしても、現実世界では怪我なんかしてないの。むしろ、今あたしが夢魔を倒さないとトロ太ちゃんは一生目を覚まさないのよ!」 「…一生? いつか良くなるんじゃないの?」 「このままいくと、ものを食べられなくなる。病院に行けば点滴とかするかもしれないけれど、それだってトロ太ちゃんの生きる気力がなければずっとはできないわよ」  トロ太が死ぬ。そんなこと全然考えていなかった。再び足元にすり寄ってきたトロ太を抱き上げる。最初に出会ったときもトロ太は決して元気ではなかった。けれども良くなったから、今回もまた良くなるのだと思っていた。だってまだトロ太と出会ってから二年しか経っていない。いつかお別れをするとしても、それはもっとずっと先のトロ太がお爺ちゃんになってからだと思っていた。  視界が歪む。涙のせいだ。そう思って腕で目をこすっても、視界は歪んだままだった。 「夢魔だわ。夢に干渉して、あたし達を追い出そうとしてる」  ぐにゃりと歪んだ視界がゆっくりと晴れていく。気づくとそこは一面の草原だった。空には雲があり、すぐ近くに塔のようなものがある。耳には見慣れたBGM…どこか既視感を覚える光景だった。 「ゲームの世界に似てる…」 「ゲーム? ああ、あのクラスの男子がハマってるやつ」 「どうしてトロ太の夢の中でゲームが出てくるんだろう。いつもあいつの前でやってたからかな」  前でやっていたというより、トロ太の世話もしないでゲームばかりしていた日もある。急に罪悪感が湧いてきた。死ぬかもしれないなんて思ってなかった。 「多分、それを夢魔も見てたんでしょう。生まれたばかりの夢魔は知恵も何もないけれど、動物に寄生して段々知識を吸収していくから。トロ太ちゃんの記憶や、周囲の情報からね。とりあえず歩きましょう」  近所の森と違ってここはとても歩きづらい。膝上くらいまである草に、急にぬかるむ地面。一緒に歩いているはずなのにどんどん杏子との距離が開く。大きな石に躓いて樹が転んだ音に振り向き、杏子は少し呆れた顔をした。 「…大丈夫、樹くん」 「柴倉…僕の名前知ってたの」 「クラスメイトでしょ。夢魔を倒すのを邪魔されたときは死ぬほどムカついたけど、これだけ急に変なところに出されて冷静になっちゃった。ろくに説明もしてなかったあたしも、まあ悪かったかなって」  樹のいるところまで戻ってきて手を差し出してくる。樹が立ち上がった後も手は握られたままだ。 「あの…柴倉?」 「歩いていて、別の空間に飛ばされても怖いでしょう。このまま手を繋いでいかない?」 「え、このまま!?」  できればご遠慮したい提案だったがそうも言いづらい。別の空間に飛ばされて困るのは樹だからだ。この提案は純粋に樹を心配したものだと分かる。ここで一人にされたら戻り方など分からない。 「一度現実の世界に戻っちゃダメなのかな。結構疲れたし、明日また来るっていうのは」  怪我はないかもしれないが、服がドロドロで気持ちが悪い。 「それはできないのよ。夢魔にばれているから、夢から出たらもう二度と入れてもらえなくなっちゃう」  つまり何もできずにここからでたら、トロ太は助からない。  じっとりと嫌な汗が出る。ため息のように小さく息を吐いていると杏子がつないでいた手を一度強く握った。 「大丈夫。あたし、百戦錬磨の獏だからさ!」 「その獏っていうの、なに?」  杏子が夢魔に対して啖呵を切っていたときにも出た言葉だ。 「夢魔を食べる生き物のこと。夢魔っていうのは、普通の人には見えないんだけれど…黒くてモヤモヤしてるの。あたしがこの町に来たのも、夢魔がこの町に現れたからなんだよ。地道に探すつもりだったけど、クラスで樹くんを見たら夢魔の気配がプンプンしたからさ。笑っちゃったよ。楽に見つけられたなって」 「…トロ太が死にそうだってのに、笑うなんておかしいだろ」 「ごめんね。でもあんたもゲームしてたじゃない」 「それは…」  夢魔が悪さをしていることを知っていて笑った杏子と、トロ太の命が危ないことを知らずにのん気にゲームをしていた樹。どちらが悪いかだなんて樹には決められない。  杏子に手を引かれるまま歩いていたが、気付けば目の前には塔がそびえたっていた。この空間の中で草原以外のものはこれしかない。樹ですら夢魔はここにいるのだろうと思っていた。 「ミャア」  塔の影から何かが出てくる。一瞬身構えたが、出てきたのは不思議な色の猫だった。しかも羽が生えている。 「え…ニャンクス?」  一見するとゲームのマスコットのニャンクスだ。もちろんゲーム上ではデフォルメされた状態なので全く一緒ではないが、特徴だけ見ればニャンクスで間違いない。しかし顔の感じといい目の色といい、トロ太の面影がとても大きい。色も茶色の上に絵の具で灰色を塗ったような、変な色だ。全然似合っていない。 「ニャンクスってなに?」 「このゲームのマスコットキャラクターだよ。羽生えた灰色の猫」  そういえば、ゲームをやり始めてすぐの頃に何度もトロ太に灰色だったら良いのにと言った気がする。ヤツはちゃんと理解していたのかもしれない。 「トロ太」  呼びかけると羽の生えた猫は樹の方を見た。じいっと丸い目が樹の目を見つめてくる。夢の世界だからと言って会話ができたりはしないらしい。何を考えているのか分からないいつもの無表情だ。 「お前はいつもの色が一番かわいいよ。ごめん。比べるようなこと言って」 「にゃー」  意味が通じているのかいないのか。パタパタと羽を動かしてトロ太は塔の中に入っていく。途中まで進んでから、来ないのかと言うように振り向いてきた。 「行くわよ、樹くん」 「うん」  夢の中で怪我をしても大丈夫だと杏子は言ったが、疲労はまた別の話らしい。塔の中のらせん状の階段は今にも崩れそうでところどころヒビが入っていた。段の間は何もなくて足を滑らせれば死んでしまうのではないかと思わせる。多分現実世界で落ちたらまず間違いなく死ぬだろう。本能的な恐怖で足がすくんでしまう樹をトロ太は空を飛ぶという反則技を使いながら導いてくれる。  意外だったのは、はじめの内は杏子も少し怖そうに進んでいたことだ。とはいえ樹とは比べるまでもなく、「樹くん、この段はあたしが乗っても壊れなかったから平気よ!」とすぐさま慣れてしまったが。  右手で壁を触り、震える足を踏み出す。ついつい下を見ようとして「みゃあ」とトロ太に怒られた。もう何段上ったか覚えていない。下を見るのと同じくらい、上を見るのも怖いのだ。視線は常に次の階段だけに固定されている。  ゲームの主人公はなぜあんなに走りながらこういう階段を登れるのだろうか…。 「樹くん、次の段で最後よ!」 「え、ほんと――ぁ」  良かった、そう思うのと同時に足が宙を蹴る。ガクンと身体がしずむ。内臓が浮遊する感覚。落ちる。 「いつ……!」  青ざめた杏子の顔が一瞬で消えた。  衝撃に耐えるように強く目を閉じていると、お尻の下に柔らかいものがあたった。ゆっくり目を開くと、樹の身体の下にトロ太がいる。パタパタと羽を揺らして樹の身体を押し上げる。 「いやいやいやさすがに難しくない? 僕も四十キロ以上あるし、え? トロ太すげえ!」 「よい、っしょ! はぁ、そっか。ここはトロ太ちゃんの夢の中…。トロ太ちゃんの思うがまま…びっくりしてそんな常識も頭から飛んでたわ」 「ていうか、そんなことできるならこの階段もどうにかなったんじゃないの、トロ太」  あんなに怖い思いをする必要もなかったんじゃないか。そんな思いでトロ太を睨むも、ヤツはきょとんとした顔で見つめ返してくる。これまでの仕返しだとでも言いたげだ。  階段を登り切った先には天井の高い扉があった。見覚えがある。ゲームと同じ扉だ。なぜそこまで樹が覚えているのかというと、クリアできなくて何度も通ったからである。きっと夢魔もそれをどこからか見ていたのだろう。悪趣味なヤツだ。  杏子が扉を開けると、黒いモヤが浮いていた。頭や身体はない。そしてその隣にはトロ太とそっくりの子猫がいる。 「夢魔。このあたしに面倒なことをさせて…許さないわよ!」  杏子が走り出す。右手を広げると再び槍が出現し、そのまま槍を握ると大きく跳躍する。夢魔は風に揺れるように後ろに下がる。 「はぁぁぁあああああッ!」  夢魔の真ん中が光る。あのモーションを、見たことがある。 「避けろ! 柴倉!」  レーザーのように黒い光が飛び出る。今まさに飛びかかろうとしていた杏子に直撃し、杏子は真後ろに吹っ飛んだ。 「――かはっ」  受け身を取らずに床に直撃する。 「な、なにこれ…身体が痺れる…動けない!?」  夢魔の隣の子猫が素早く走り出す。向かう先には樹がいる。だんだんと身体が大きくなってきて、牙をむき出しにした。もはやトロ太でも子猫でもない。ただの猫の化け物だ。 「グルルウ、グアアア!」 「う、うわああ!」  化け猫の前にトロ太が躍り出る。 「シャーーッ」  家では一度も聞いたことのない声を出してトロ太の尻尾が二回りも大きくなる。体格差が数倍あるがやりあえているのは夢の主だからだろうか。慌てて杏子のもとに走り寄る。 「だ、大丈夫か!?」 「大丈夫、それより何なのあいつ…。あんなに凶暴になってる夢魔、初めて見たわ」 「多分、俺のゲームから色々情報を吸い取ってるんだと思う。あいつ、俺がてこずってたボスと同じ攻撃をしてたから…」 「この身体が動けなくなるやつも同じ?」 「うん。確か慎吾が、敵が一瞬後ろに下がる動きをしたら攻撃を出すから、それを避けて攻撃しろって言ってた」 「なるほどね…。じゃあ今、あたし達が露骨に作戦会議をしていても攻撃してこないのもそのゲームと同じなの?」 「う、うん。このボスはまだ序盤のほうだから、一定以上離れていれば攻撃してこない」 「オーケー。あの夢魔…絶対許さない。絶対美味しくいただく」  杏子の闘志は十分だが身体中に力が入らないのか床に這いつくばっている。麻痺を解くには、異常回復の魔法や専門の道具、他にはどうすれば治るのだろう。これまで夢中でゲームをしてきたのに、全然いい案が浮かばない。  ――ニャンクスに回復道具山ほど持たせて… 「それだ! 柴倉、槍借りる!」  ふと蘇った慎吾の声。杏子の近くに転がっていた槍を掴んでトロ太の元へ走り寄る。 「やああああ! トロ太! 交代だ!」  思い切り化け猫に飛びかかりその身体に槍を突き刺す。少しの距離を吹き飛んだが、化け猫は果敢に向けってきた。牽制するように槍を振り回しながら樹は叫ぶ。 「トロ太! 杏子の麻痺を回復してあげて! ここは僕が食い止める!」 「にゃああ」  心配そうな鳴き声。 「本当に、大丈夫だから!」  化け猫は槍を牙で折ろうとでもいうのか、力強く噛みついてきた。トロ太とは全然違う化け猫。だが、少し前までトロ太だった化け猫。怖いし必死に戦ってもいるが、どうもこの化け猫を心の底から嫌うことができなかった。  トロ太は羽を必死に羽ばたかせて杏子の元へ向かったようだった。トロ太の身体が杏子に触れると、パアッと光が漏れる。ここがゲームの世界なのであれば、あれは回復したときの光に間違いないだろう。 「トロ太ちゃん、ありがとう。行くわよ。あなたの主人の仇を取る…!」 「いや、おい! 死んでない!!」 「あはははははは!」  杏子が走る。飛ぶ。この女には走って飛ぶ以外の攻撃方法はないのだろうか…そんなことを樹が思う間もなく、夢魔がゆらりと揺れた。 「しば…っ」 「トロ太ちゃん! 今!」  飛び跳ねた杏子の後ろから、弾丸のように小さな猫が飛び出した。夢魔からレーザーが放たれる。杏子は身体をひねってそれをかわし、トロ太はするりと回避すると夢魔に鋭く小さな牙を突き刺した。  途端、闇が弾けるように空間に溶ける。いつかのように空間がねじ曲がり、樹は立っていられなくなった。  ざり。  ほっぺやら顎やらにやすりで削られているような痛みがある。  ざり ざり ざらり 「いてててて、止めてトロ太…!」  胸に乗って顔を舐めてくるキジトラの猫。無表情で樹を見下ろしている。 「やっと起きたの? 樹くん」  トロ太を胸に抱きかかえて起き上がると、ソファに座っていた杏子が顔を向けてくる。 「柴倉、そんなところで何を…」 「クラスの男子がハマっているゲームが、どんなもんなのかなって思って。これ、面白いの? 夢の世界のほうがよっぽど面白いと思うけど」  つまらなさそうにゲーム機をソファに置いた。 「面白いってお前…」  樹としては片手では足りないくらい死を覚悟した空間だった。もっとも、槍を手に笑顔で敵に向かっていく杏子には確かにゲームは面白みのないものなのかもしれないが。 「それより、トロ太ちゃん。目を覚まして良かったわね」 「あ、うん。それは本当に、良かった。ありがとう。柴倉のおかげだよ」 「あたしはこれが手に入れば十分だから」  杏子の手には黒く丸い固まりがある。見た目では固いのか柔らかいのかも分からないそれを、杏子は大事そうに抱えていた。そういえば、杏子は獏で、獏は夢魔を食べるのだと言っていた。どうやって食べるのだろうと見ていると、杏子は大きく口を開けて固まりを丸のみした。 「あ~、美味しい」  うっとりと恍惚とした表情を浮かべて言う。 「ごちそうさまでした、トロ太ちゃん」    *** 「よー、樹。お前最近ゲームの話しなくねえ?」  登校すると慎吾がくるりと振り向いた。これまで会うたびにゲームの攻略情報を求めていた樹がゲームの話をしなくなったのが不思議らしい。全く止めたわけではないのだが、確か以前よりも興味は減った。 「飽きたん?」 「いや、飽きたと言うか…」  もっとスリルのある経験をしたせいで、ゲームをしていてもあまりハラハラしなくなってしまったのだ。でも慎吾にそんなことは言えない。  目を泳がせていると、登校してきた杏子と目が合った。 「おはよう樹くん。トロ太ちゃんは元気?」 「うん。今度遊びに来なよ」  にこやかに会話を交わす杏子と樹を見比べて、「お前らそんなに仲良かったっけ?」と慎吾が首をかしげた。
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