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空高く積まれた雲は、最初のひとしずくが落ちると一斉に動き出す。
「この水は循環して次はどこに落ちるのかしら。何度も繰り返し落ちてウンザリでしょうね。」
髪から水を滴らせながらそう呟くと、めぐるは反応せずに私にタオルを渡してきた。
「風邪引くから早く拭きなよ。僕はお風呂の準備してくるから。」
そう言って彼はそそくさとお風呂場に向かった。
私達は傍から見れば恋人に見えるかもしれないが、本当は付き合っていない。
価値観が同じで利害が一致したために、共同生活を送っている。
名前も似ていて、私はめぐりで彼はめぐる。
順調に見えるこの共同生活だが、私には彼に言えていない秘密がある。
私には前世の記憶があるということだ。
前世でも彼と共同生活を送っていたことを、彼と出会った日に思い出した。
彼との生活は前世も今も非常に楽だ。必要なときに必要なだけ交流して、問題が発生したら一緒に対処してお互いの負担を減らす。そんな理想的な生活を今も昔も営んでいる。
人生を楽していた私は、更によみがえった記憶がある。
数年前の夏の午後、ひどい夕立にあった日のことだった。
その記憶は最初の一粒が空から落ちてくると同時に頭に浮かび、土砂降りと共にどんどん頭に流れこんできた。
私達二人は最初に出会った人生から幾度となく、同じような生活を繰り返し、繰り返して今に至っているという記憶だった。
何回目の人生と数えられないくらい、同じような人生を彼と繰り返している。
まさに、めぐりめぐっているのだ。
この繰り返しを思い出した私は、恐ろしい仮説をを立ててしまった。
次の人生も、そのまた次もずっとずっと、終わりがなく同じことの繰り返しなのではないだろうかと。
繰り返しを思い出さなければ、私はこの生活を間違いなく堪能していただろう。
だが、知ってしまえば知る前には戻れない。
今の生活に支障がないならそれでいいと考えていた。だが思い出してしまったら、こんな状況地獄でしかない。
私は自分の人生にそこまで興味がなかったし、他人にはもっと興味も関心も無かった。
他人には極力頼りたくないし、甘えられたくもない。だから最低限の人付き合いだけで済ませてきた。
絶対裏切らないと言い切れない他人を信用して、人生を共に歩んでいくなんて想像もできない。
結婚なんてありえない。
必要最低限の補助をお互いにして、家族ではなく他人同士でいた私達は、とても幸せな関係だと思っていた。
幸福を求めればそれだけ不幸になりやすい。
私は不幸になりたくないから、幸福も捨てた。
平坦で平和な人生を送るつもりだった。
でもこんな関係をずっとずっと繰り返したら、私はいつまでも孤独で、誰からも愛されることもなく、ただ死を待つのみの不毛な人生を送らなければいけなくなる。
それはとてつもなく不幸なのではないかと考えてしまった。
繰り返しに気づいてしまった私、今までの記憶を積もらせ過ぎた私には、この現状は耐えられない。
めぐるに相談しようとしたが、話を信じてもらえず、共同生活を辞めると言われてしまえば、それこそ来世の私の人生が確定してしまう。
もしかしたら、来世で出会わなければ繰り返しが終わるかもしれないとも考えた。
だが思い返すと、どの人生でも年齢やタイミングは異なってはいるが、必ず出会っている。
それに来世で私がこの記憶を忘れていたら、それこそ繰り返すだけになってしまう。
私達は今回の人生で繰り返しを終わらせなければ、積もらせてきた年月を忘れてずっとこのままループし続けるのだろう。
私は必死に考えた。この不毛な人生を終わらせるための作戦を。
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