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声自体は元々吹き込まれているから、ダイブすれば姿かたちはもちろん、声もそれになる。
詳細が明かされていなかったとはいえ、当初は憤りを覚えた。声優志望の俺としては、到底受け入れがたい話だった。
声優は自分の声で勝負をするものだ。それなのに、自分の声ではなく他人の声を借りるなんて、と。
それでも受け入れたのは、ひとえにコネと金のためだ。演じることには変わりないし、乙女ゲー業界との繋がりは今後の強みになる。
何より、客層の大半であり、夢女子や腐女子に存在を認識してもらえる。
好き嫌いは別として、メジャーなジャンルで名前が売れるようになるに越したことはないというわけだ。
ちなみに、俺が演じるキャラは『憎めない放蕩王子、ヒスイ』である。
キャッチフレーズでお分かりだろうが、身分問わずに女の子をとにかく口説きまくるチャラ男だ。
最初はクサイ台詞のてんこ盛りで、営業スマイルの裏で悶絶する日々だったが、金とコネ作りのためだと歯を食いしばっていく内に、何も意識せずに愛を囁けるようになった。慣れとは恐ろしいものだ。
そして慣れてしまえば、似たようなヒロインを相手に、同じような台詞をささやく簡単なお仕事となる。
(あ、新規だな)
次の担当のアカウントを見て、何となくそう思った。
ほんの数日前に初ログインしたのと、ヒロインの名前がデフォの『エラ』なのと、そして無難な『春子』というアカウント名。
ストーリーはまだ一章の序盤で、レベルもまだ1。そして、今のところ無課金だ。
もしかしたら、オンラインゲーム自体が初めてなのかもしれない。
(これは……チャンスじゃね?)
新規プレイヤーというのは、何も知らないから慎重になりがちだが、その分、餌をぶら下げた時の効果は絶大だ。そのまま課金勢になっていくプレイヤーは少なくない。
それ故に、新規プレイヤーの担当になるのは、それなりに経験を積んでからとなる。
こういうのは第一印象が肝心だ。下手を打ったら、ゲームの評価を下げてしまいかねない。『クインティプル』のように歴史の浅いゲームは、口コミ一つであっさりと地に落とされてしまう。
だけど、こうして新規プレイヤーらしきアカを任された。
つまり、ここまでの経験を認められたということだ。
(よっしゃ……!)
内心でガッツポーズを決めつつ、俺は次の担当アカの元へワープした。
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