侍女ナーサリー

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侍女ナーサリー

「まずはお着替え致しましょう」 自室に到着すると、侍女のナーサリーはテキパキと着替えを用意する。 そしていつものように着替えを手伝ってくれる。 「ありがとう」 私がそう告げるとナーサリーは驚いたように目を見開いた。 「どうしたの?」 「い、いえ……」 ナーサリーは頭を下げて自分の持ち場へと戻っていった。 私は椅子に座りノートを広げる。 今後の為にも今までの出来事や小説のストーリーを思い出さなきゃ! ナーサリーは数年前から私に仕える若い世話係だ。 ナーサリーの前にいたおばさん侍女と違って私の言うことはなんでも聞いてくれる。 そんなナーサリーの目は怯えに染っていた。 それもそのはず。 前世の記憶を取り戻す前の私は超超超わがままだったのだ。 幼少期に母を亡くした私は悲しみに明け暮れていた。 父は元々私に興味がなかったみたいだけど、母が他界してからはより一層家に寄り付かなくなった。 そんな私を不憫に思った使用人達が私を甘やかして育てた結果、私はわがまま娘に成長したのだ。 気に入らないことがあればすぐに周りに八つ当たりした。 美味しくなければ料理を放り投げ、たまに帰ってくる父に嫌味を言われれば部屋で大暴れし、嫌いな使用人がいれば出ていくまでとことんいじめた。 我ながら本当に酷いわね。 そりゃ本の中で悪役令嬢にもなるわ。 でもそんな私でも女の子だったようで、十二歳のときにたまたま父に国王と会いに来ていた第二王子ヴィルフリートに一目惚れ。 確かに見た目はすっごくかっこいいのよ。 さらさらの黒髪に輝くような金色の瞳にクールな表情、そして主人公にだけ見せる優しげな微笑み。 前世の私のタイプど真ん中! そりゃリーゼロットも好きになるってもんですよ。 でもね、リーゼロットに対する態度は冷酷そのもの。 もともと本心を隠すのが上手なヴィルフリート王子。 リーゼロットを殺そうとしてるなんて誰も思わなかったに違いない。 もちろんリーゼロットも悪いことばかりしてたから当然っちゃ当然。 しかも私がリーゼロットになってしまった今、ときめきよりも恐怖心が勝る。 そんな未来が待っているとも露知らず、うざかられているのにも気付かずに猛アタック。 更には嫌いな父に頭を下げて婚約まで結びつけた。 伯爵家の父と国王の仲は悪いものでもなく、地位も悪くない。両家の繁栄を願ってトントン拍子で婚約が決まった。 そしてこの数年間、ヴィルフリート王子は忙しさを理由にあまり会えず今に至る。 記憶と照らし合わせてみても全く同じだわ……。 リーゼロットの幼少期は本編ではあまり書かれず、番外編などでしか書かれていなかったものの辿ってきた人生は全く同じなのだと気付かされる。 極めつけに今日の出来事。 リーゼロット暗殺計画の始まりの合図(お茶会)。 やっぱりこのままいくと確実に私は処刑されてしまう。 今回の人生でも早死とか嫌すぎる。 なんとかしないと……! 手っ取り早く婚約者破棄をお父様に提案してみる? 私との婚約がなくなればヴィルフリート王子だって必要以上に会わなくてもいいはず。 でもお父様が簡単に許してくれるかしら? そもそも婚約をすんなり受け入れたのも権力のためだし……。 ええい物は試しよ、リーゼロット! そうと決まれば……! 私は一目散にペンを走らせた。 「ナーサリー、これをお父様に届けて頂戴」 「かっかしこまりました」 部屋の外で待機していたナーサリーは突然部屋を出た私に驚きつつも手紙を受け取った。 今日は珍しくお父様が家にいる。 だからこそ今が伝えるチャンス! ということで婚約破棄をしたいという旨を手紙に綴ってナーサリーに届けさせた。 そして数分後、慌てた様子でナーサリーが戻ってくる。 その手には封が切られた少ししわが着いた手紙が握られていた。 「ナーサリー?」 「旦那様がリーゼロット様をお呼びですっ」 「そう。じゃあお父様の所に行くわ」 手紙の内容についての話で間違いないだろう。 部屋を出るとナーサリーがなにか言いたそうにこちらを見ていた。 「ナーサリー?」 「あ、あの。申し訳ございません……!先程手紙の内容が見えてしまいまして……」 ナーサリーは申し訳なさそうに言う。 「あぁ。婚約破棄のことね」 「本当に婚約破棄なさるおつもりですか!?あんなに、あんなにリーゼロット様がお幸せそうにしていたのに……」 ナーサリーが私に向かってここまで感情的になるのは初めてだ。 いつも遠くでビクビクしながら見ているだけだったのに。 「ええ、気付いてしまったのよ。私ではあの方を幸せになど出来ないことにね」 なんせヴィルフリート王子と結ばれるのは後に登場する主人公、シャルロット・リーシックなのだから。 それに私は命の方が大事なので! 「リーゼロット様……」 ナーサリーは少ししょんぼりした顔で私を見つめた。 「そんな顔しないでもう吹っ切れてるのだから」 今まで気付かなかったけどナーサリーはすごくいい人なのね。 そういえばナーサリーだけは怯えながらも私にいつも向き合ってくれていたわね。 私があんなに八つ当たりしてもそばに居てくれる。 これからは大切にしなくちゃ。 ナーサリーに微笑みを返すとまた驚いたように目を見開いた。 「あの、リーゼロット様。……怒らないのですか?」 「何を?」 「私、リーゼロット様に出過ぎたことを言ってしまって……」 そういえば以前の私ならここで「貴方には関係ないでしょう!?」とか言ってたわね。 我ながら短気すぎるにも程があるわ。 「これくらいじゃ怒らないわよ。私の事心配してくれたんでしょう?」 「ですが……」 「いいのよ。それよりも今までたくさん八つ当たりや迷惑かけてしまったわ。私の方こそ本当にごめんなさい。もうしないわ」 ナーサリーは私から謝罪がくると思っていなかっただろう。 ナーサリーはオロオロと慌てだした。 「そ、そんな!私はいいんです!頭を上げてくださいませ!」 「それじゃあ許してくれる?」 「もちろんですよ、リーゼロット様」 よし、これで侍女との不仲は解決かな。 これで少しは過ごしやすくなるはず。 誰とも荒波を立てずに過ごしてきた前世。 誰かとギスギスしてるのはやりにくいし無駄な諍いは起こしたくない。 平和万歳! 後で他の使用人たちにも謝りに行こう。 私の世話をしてくれる大事な人達なのだから。 「さて、お父様の所に行きましょう」 私はお父様のいる書斎へ歩き出した。
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