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四歳のころ父さんが亡くなった。葬式の時にいろんな人に頭を撫でられ、同情されていたそうだ。
頭の中には思い出なんて残っていない。写真、ビデオテープに映る姿、母さんから語られる父さんの昔話。
そのどれもが、まるで他人事のように感じてしまった。
小学生に上がるころ、友達のお父さんが羨ましく思えた。ずるいと嫉妬した。肩車をしてもらったり、一緒に遊んだり、キャンプに連れていってもらったり。ほとんどの子供がやっていることを経験してない僕は、なんだかはみ出し者に思えた。
二十年も経つと、実家に父さんの跡はほんの少ししか残らなかった。初めからいなかったかのように。引っ張り出さないと見れない父さんの写真を見て、本当に僕はこの人の子供なのだろうかと、不意に思った。
薄情だと言われるかもしれないが、僕は今、生きていて父さんを感じることはない。
一緒に行ったらしい近所の公園。抱いてもらった感覚も思いだせない。たまに顔すら忘れてしまいそうになる。誕生日だってなんど母に尋ねたことだろう。年齢すら曖昧だ。
お盆の時期、父方の実家を墓参りも兼ねて訪ねた。父の母、つまりおばあちゃんは、僕の顔を見てウンウンと頷いていた。
ふと、おばあちゃんに言った。
「亡くなって二十年も経ったよ。もう、普通に生きていて父さんを感じなくなったよ」
すると、おばあちゃんは少しだけ寂しそうな顔をして、僕を居間に座らせた。おばあちゃんは鏡を持ってきて僕の顔を写した。鏡に写るのは、毎日見る僕の顔だ。
「ほんとうに、よく似ている…」
「えっ?」
「あんたのお父さんにそっくりじゃ…。これがあんたがあの子の息子である何よりの証拠。この顔で元気に生きてくれれば、それだけでいいんだよ」
おばあちゃんはそう言って微笑んだ。
鏡に写る顔を見て、僕は少しだけ泣いた。
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