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「ほら、あたしお父さん死んじゃったからさ‥。」
ちょっと困ったように。
でもその悲しみを笑い飛ばすかのように愛良が言う。
「そうだよ、きっと愛良のお父さんだよ!」
里菜の言葉にわたしも頷いて見せる。
うんうん。
だからさ、なんでそこに死んだ父親が出てくるんだ?
確かさっきまで怖い話をしていたんじゃなかったっけ?
誰もいないはずの二階から物音がしたとかなんとか。
幽霊だったらこわーい。
からの亡くなった父親。
この間はなんだったっけ。
居酒屋で食べた山芋鉄板。
『お父さんがたまに作ってくれてたんだぁ。もう食べることはできないけど。』
他にもある。
思い出せばきりがない。
もちろん、悲しい辛い出来事だったと思う。
大学生になったばかりの、蒸し暑い夜のあの日。
泣きじゃくる愛良の顔を10年たった今だってハッキリ思い出せる。
だけど。
こうも何度も何度も言われると、不幸自慢ですか?と思ってしまうし、そもそも反応に困る。
そして何よりそんなことを思ってしまう自分の醜い心にも嫌気が刺す。
『思い出があるだけいいじゃない。私には思い出も、名前も‥顔もないんだよ。』
喉まで出かかった言葉をそっと飲み込む。
やめよう。
不幸のマウントの取り合いなんて、悲しいだけだ。
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