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物心がついたときには、父親なんてものはいなくて。
だけど別にそれを悲しいだとか、不思議だとさえも思わなかった。
小学校に入ったころには新しい父親ができて私の名字は新しくなった。
新しい父親は優しくしてくれたし、私もすぐになついた。
高校生になったころにはケンカもしたし、弟ができても私への扱いは変わらなかったと思う。
生きているのか死んでいるのかも分からない本当の父親なんて心底どうでもよかったし、思い出なんてヒトカケラもない。
きっと棺桶に横たわる本当の父親に花を手向けたところで、涙なんて一粒も流れないだろう。
思い出がなければ悲しむだけの感情が沸くはずもないのだから。
「陽葵、気を付けて帰れよ。」
たまたま近くを通ったので少し実家に顔を出したその帰り。
初めて会ったときより幾分か老けた、その新しい父親が玄関まで見送ってくれた。
「うん、親父も気を付けてね!」
嫌いではない。
ましてや本当の父親に気を使っているわけでもないのに。
私はこの人のことを「お父さん」と呼べないのだ。
パタンと閉まる扉の向こう。
親父は何を考えているのだろう。
「お父さん」と今まで呼ばれたことがないなんてこと。
もしかしたらなんとも思っていないのかもしれない。
サウナみたいに蒸し暑い夜、ぼんやりと光る星達を見上げて。
白髪混じりで随分シワの増えた親父の顔を思い出す。
そうして思った。
親父が眠るその傍らに。
白い菊をそっと置いたとき。
きっと私は泣きじゃくるんだろう。
あの日の愛良みたいに。
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