Ⅲ 孤独の異邦人

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「気ニするナ。もう昔ノ話ネ……それより、さっき魔導書ハ医術ニ役立つト言ってたのハ本当ノ話ネ?」  だが、暗い顔で謝るマルクに首を横に振ると、あまり感情の起伏の感じられない声で露華は彼に訊き返す。 「……え? ああ、うん。魔導書で呼び出した悪魔の中には医学や薬草に詳しく、それについて教えてくれるやつもいるからね。そればかりか、ダーマ人の伝説の王ソロモンが使役していたという悪魔の内の、地獄の大総裁マルバスや星辰総統ブエルなんかは、直に病を治してくれたりもするよ」 「白死病デモカ?」  突然問われ、キョトンとした表情で説明するマルクに、露華は短い言葉で重ねて問う。 「ああ。それなりの知識と技術、それに好条件も揃ろえばだけど、基本的には白死病であっても可能だ」  その短い言葉に彼女が何を言わんとしているかを悟ったマルクは、不意に眼差しを厳しくし、いたく真面目な口調でそう返した。 「じゃあ、ナンデこんなニ人ガ死んでるネ? 魔導書デ白死病ヲ治せるナラ、もっとたくさんノ者救えタはずネ!ワタシノ家族ダッテ死なないデすんだハズじゃナイのカ?」  それを確かめると、さらに露華は核心を突くその質問を直接的な言葉でマルクにぶつけてくる。わずかに大きくなった彼女の声には、幾許かの怒気が含まれている。 「それは、教会や国が魔導書の自由な所持・使用を禁じているからさ。許可を得た者しかその力を使えないから、急激に増加してゆく感染者に対して、治療に当たれる者の数が圧倒的に足りないんだ。特に白死病のような、感染から死に至るまでが短い病の場合はね」  対してマルクも包み隠さず、至極端的な言葉で真摯に彼女の疑問へ答えていく。 「だったら、何デ国ヤ教会ハ魔導書ヲ使うの禁じタネ!? 人ガたくさん死ねバ国ハ衰えるし、困るんじゃないのカ? 教会だって人ヲ救うのガ仕事ノハズネ! それなのにどうしてカ!?」 「魔導書の絶大な力を自分達だけで独占しておきたいからさ。確かに君の言う通り、そんなことをしても逆に国力を弱めるだけだし、多くの聖職者は本気で人々を救いたいと考えているよ。でもね、上に立つ支配者層は庶民が自由に魔導書の力を使うようになって、自分達を敬わなくなることを恐れているのさ。そうやって力を独占し、自分達を権威づけることが、現在のプロフェシア教会と、それを奉じるエウロパ諸国の支配体制の根幹だからね」  段々と熱を帯びてゆく露華の声とは対照的に、今度はマルクの方が淡々と、まるで他人事のようにこの世界の真実を言い淀むことなく彼女に諭した。
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